人生は悪くない


「兄貴兄貴」

昼休み、派遣組で舎弟たちの雑談をそれとなく耳に入れながら
パンを食べていたボクの肩をつつくものがいる。
牛乳で流し込んでなんじゃいと顔を向けると、
舎弟たちの間で一種尊敬を集めている彼女もちの舎弟が、

「女って面倒っすよね」

なんてしたり顔で同意を求めてくる。
どうせいつもの惚気だろう。

「ケンカでもしたのか」
仕方なく聞いてやる。
「いや、そんなわけじゃないんすけどね」

思わせぶりな口調がやっぱりちょっとむかつくなぁ。

「オレも男に走ろうかと」
「そんな冗談は感心せんぞ」

同じ部屋にいる火讐くんを意識して、
すこし落とした声で言ってやったらいやいや、と頭を振る。

「いや、マジで最近思うんですって。
ほら、女って心にもないこと言うでしょ?
それで思うようにならないと怒るし。」

知らないよ。そういうもんなのかな。

「して欲しいくせに「いや」だの「だめ」だの、男なら言わないでしょ?」

主に「どういう時」のことを言ってるかは誰にでもわかる。

そういえば、火讐くんはボクの前で否定的な言葉を使ったことがない。
彼が「いや」という時には、本当にいやなのだ。
いやな時はいやだと言うし、いい時はいいと言う。
そもそもあんまりいやとも言わないし、
そこじゃないくらいは言うけど、もっとしてほしいのほうが多いかも。
それ以上に口より体が先に動くタイプだし。
あれこれ考えていると、冬眠していた生き物が目覚めてしまった。

「面倒でも好きな相手なら最後までつきあってやれ」

そう言い放ってから席を立つ。

「あ、兄貴、どこへ?」
「ヤボ用ができた」

合図をする必要もない。
ガタン、と椅子の音が続く。
待ってました、と言わんばかりのきびきびとした所作がいじらしい。

「わお、さすが」

舎弟たちの賞賛の視線を浴びながら部屋を出るボクら。

なんだろう。目覚めなければ平和なオタでいられたのに。

泣きそうになりながら、人生は悪くないな、と感じてる。



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