夏ですから 


「はぁ、暑い」

火讐くん、メロン味のアイスキャンディーをかじかじしながら、
さっきから何度もそうぼやいている。

「暑いのなら、なんでそうべたべたするの」
「兄貴にくっついていたいんです」

そんな可愛いこと言ってくれちゃって!
もう、エコじゃないけど、冷房下げるよ。ピッ。

「ちょっと冷えすぎるかな?」
「ちょうどいいっす!」「
「あ、ちょっと!」

なにひとの綿パンを引き摺り下してるの!?
なんの脈絡もないよ!?
それも右手にアイス持ってるから左手一本で。
せめて左手に持ち替えてよ!ボクの人間の尊厳は!?
訴えたいことがありすぎてなにから言っていいかわからないボクに、
火讐くんは、すごくすがすがしい顔で宣言した。

「クーラーの効いた部屋でHする!これが日本の夏の過ごし方!」 
「なんて地球に優しくないの!」

一応ボク、首都校のエコ番長だよ!それはちょっとぉ。
なんて言っても聞いてくれる火讐くんではない。

「いいんです!兄貴の尻に優しければ!」

※残念ですが、都合により、これより先音声のみでお送りします。

「ああ、そんな、キャンディーを!」
「中から冷やしてやります」
「うう、冷たい」
「冷たくなったところで・・・」
「君はどうかしてるよ・・・そして、ボクもね。」
「兄貴・・・」
「ああ、冷たくて、熱くて気持ちいい!」

なんて、お互い調子に乗ってきたところで、

「あなたたち!」

耳を突き刺すような声にはっと我に返る。
ぐるっと首を回して見ると、開け放されたドアの向こうで、
目を皿のようにしたお母さんが固まっている。
あーあ・・・。

「お母さん、これは決してやましいことしてたんじゃないんです。
涼を取ってたんです」

うん、とりあえず、こんな姿勢で言うことじゃないよね。

「尻の穴に氷を入れると涼しくなるってあるある大辞典で・・・」 

火讐くん、火讐くん。言い訳にも程があるから。
そんなテーマ、放送できないし!

「それは捏造よ!」

お母さんも微妙な時事ネタはいいから!しかも古いから!


***

「はぁびっくりした」

お母さんがお盆をおいて部屋を出て行ってしまうと、ほっと汗を拭う。
寒いくらいクーラー効かせるのに汗まみれだよ、もう。

「うまくごまかせましたね!」
「どこが!!」

なにいい顔で親指立てて言ってるの!
いや、とっくに決定的なところ見られちゃってるけどね。今更たけどね。
何度目でも慣れないよ・・・あたりまえだけど。今夜は針のむしろだよ・・・。
そんな暗くなってるボクのことなんて、火讐くんはもちろん気にしない。

「でも兄貴のお母さん優しいっすね。こんなにヤクルトくれて」

なんて言いながら、早くも二本目のミルミルに手を伸ばしている。

「あんまり飲むとおなか壊すよ」

すこし恨めしく思いながら横目で見ていたけど、
急にはっとしてヤクルトセットを凝視してしまう。

「まさか!」
「どうしました兄貴」
「それが狙いなんじゃ!?」
「それって」
「だから、飲んだらお腹が・・・」

考えれば考えるほど、間違いない気がしてくる。
恐るべし、母の作戦。
それにしてもなんて御手洗家の人間らしい作戦だろう!
戦慄を覚えるボクに、相変わらず火讐くんは暢気だ。
飲み口の銀紙シールをはがしながら、

「オレの腹が悪くなったら兄貴に突っ込むまでです!」

そう言って一気にゴクリ。なんて男らしい!

「そっか、そうだね・・・」

体から力が抜け、顔が自然にほころぶ。
所詮ボクたちのような小心者の消極的な作戦なんて、火讐くんには通用しないんだ。
だからこそ、彼が・・・。いや、今は言いたくない。悔しい。

「兄貴が悪くなったらもちろんオレに。ふたりとも悪くなったら・・・」
「もういいから。品がないから」

ああ、そう、もういいですよ。
好きですよ、悔しいくらい、ね。くそ。




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