予想外の出来事 3
明日って土曜日。 心の準備って、たった一日で、いいの?ってそれとなく尋ねたら、 「考えてもろくなことありませんから」 だって。火讐くんらしい。 その晩は寝付けなかった。 考えてみたら、二週間もろくに火讐くんに触れていないなんてはじめてだ。 キスしたいし、抱きしめたい。 そして、そして・・・。 いろいろ思い出しているとたまらなくなって、枕を抱きしめながら、右手でごにょごにょ、しちゃった。 はぁ、と息をついて、そういえば火讐くんでするのははじめてだったな、と思う。 下品な言い方だけど、いつも溜まるより早く抜かれてたから。 そう思うと、またうずいてくる。 性欲、薄いほうだと思ってたのに。 火讐くん、君に触れないと、ボクはおかしくなってしまいそうだ。 ************** ホモなんて、自分とは関係ないって思っていた。 兄貴は尊敬するけど、男同士で抱き合うなんて想像もつかない。 (兄貴の手が、この体に触れるのか・・・) ぎゅっと両手で自分を抱きしめてみる。 そのまま、そろそろと手を下ろす。 ズボンの前に手を置いてみる。 オレの体はどんな反応をするだろう。 すくみあがってしまったらどうしよう。 それとも・・・意に反して淫靡な反応を示すのだろうか・・・。 想像できない。 あの兄貴が、オレの憧れの人が、オレの体を好きなように触って、あの唇が肌に触れる。 手にドクン、脈動が伝わる。 どうしたんだろう。なんだか・・・。 体が・・・疼く、ような・・・。 兄貴、そっとつぶやきながら、手に力をこめる。 「兄貴、兄貴」 絶頂の瞬間、兄貴の名前を呼びながら、こうするのははじめてではない気がした。 ********** 「お待ちしておりやした」 翌日の昼下がり、約束どおり兄貴はやってきた。 ドアを開けてしゃちほこばった兄貴を見るなり、オレは目を丸くした。 「兄貴、その格好」 この暑いのに、兄貴は黒のスーツ姿だった。 「ちゃんとした格好でないと失礼じゃろ」 しごく真面目な顔で言う。なんだかかわいくて笑ってしまう。 「汗びっしょりじゃないすか。シャワー、使います?」 「う、うむ」 兄貴も気持ち悪かったのだろう。素直にうなづく。 兄貴を浴室に押し込みながら、さりげなく口にする。 「オレも、さっき浴びてきましたから」 そのときの兄貴の顔といったら。 あんぐり口を開けて、よっぽど信じられなかったのだろう。 「さ、早く」 「おうちの人は?」 「夜まで帰りません」 今は午後1時。 「時間はたっぷりあります」 そう言い残して、オレは浴室のドアを閉めた。 ********* 「やっぱり似合う」 オレの甚平を着て風呂から上がってきた兄貴は文句なしにかっこよかった。 「そのほうがいいです」 兄貴は照れたように微笑んだ。 「麦茶どうぞ」 「すまん」 台所のテーブルで一息つく。 「火讐」 一口飲んでから、思い切ったように口を開く。 「はい」 「昨日は無茶言ってすまなかった」 「いえ」 オレも一口含む。 「兄貴に言ってもらってうれしいです」 コップを置き、濡れて冷たくなった指先を向かいに座る兄貴に伸ばした。 手に触れ、軽く震えるのに構わず腕に這わせる。肩に。そして唇に。 形のいい唇を指でなぞる。 言葉もなく見詰め合う目と目。 見詰め合ったまま、そっと顔を近づける。 ぷちんと唇が離れる音。 兄貴は不思議そうにオレを見ている。 「兄貴、オレは兄貴とこういう関係だったんでしょう?」 赤い瞳を凝視したまま尋ねる。 「知世に聞きました。オレも、なんとなく、わかります。覚えがあるから」 もう一度、キスをする。今度は頬に。 さらりとした感触が心地よい。 「体が覚えてるってやつですかね。なんで忘れちまったんだろうな」 しばらく天を仰いで、急におかしくなってふきだした。 「兄貴、あんな長々と口説いてくれなくったって、やりたいんなら、一言命令してくれればいいんですよ。オレはいつでも兄貴の命令に忠実でいたいと思ってますから」 「やりたいわけじゃないっ」 ようやく口が聞けるようになったと思えば、そんな生真面目な台詞。 「わかってやす、だから好きなんです」 いつもと違う兄貴を前にして、言葉が自然に生まれる。 「だから、困る・・・」 「かしゅう・・・」 「体なら、いつだって兄貴の自由に」 とんでもない台詞だ。昨日までは考えもつかなかった。 「体だけなら欲しくも何ともないぞっ」 また、至極真面目に叫ぶ。 「そんなもんすか」 「そんなもんだ」 面と向かってこんな話をしているのがすこし照れくさくなって、麦茶をもう一ぱい注ぐ。 兄貴のコップにも注いだ。 「ところで兄貴」 「なんじゃ」 「男同士って本番できるんすか」 兄貴が麦茶を噴出した。 こんこんと咳き込んだあと、やけに重々しい顔で、 「できる」 とうなづく。 「どこ使うんすか?」 「お前はなにも心配せんでいいっ。オイにまかせておけば」 「はい」 真っ赤になって、真面目な顔で怒鳴るのだからかわいい。 「じゃあ、お願いしやす」 オレも真面目に、ぺこりと頭を下げる。 「あ、ああ・・・だが」 「オレの部屋、二階です」 「ああ」 とんとんと階段を上がる。 部屋は朝のうちに綺麗に片付けておいた。 シーツも替えた。 「服は」 所在なさそうに立ち尽くしている兄貴に尋ねる。 「脱いだほうがいいですか?」 「そのままでいい。そのままで」 「はい」 タンクトップと短パンのまま、ベッドに横になった。 兄貴がオレを見ている。切なそうな顔で。 この角度から見つめるのははじめてだなとなんとなく思う。 「火讐、本当にいいのか」 「はい」 「お前をオイのもんにするぞ」 「はい。いいから、兄貴もオレのものになってくだせえ」 「約束する。オイはお前のものじゃ」 ようやく安心したように、甚平の上だけ脱いだ兄貴がかぶさってきた。 オレはじっとしている。 体重をかけないように注意してくれてるのがわかる。 さらさらと髪や頬を撫でられ、キスしたいんだな、と気づいて目を閉じるとあたたかい唇が触れた。 はじめは触れるだけですぐに離れる。 何度も繰り返して物足りなくなってきたところで、深く、口付けられた。 そういえば、キスもはじめてだなとぼんやり思う。 はじめてのキスが兄貴だなんて。しかもこんな状況で。 そう考えて、キスよりもっとたいへんなことをするのに、とおかしくなる。 兄貴の唇はなめらかで濡れていて、やわらかい舌が唇に触れるとぞくっと快感が走った。 口の中に入ってきた舌が上あごをやさしくくすぐる。 「んん・・・」 腰の奥がむずむずして、膝をすり合わせてしまった。 背中をたたいて苦しいと訴えると、すぐに離してくれた。 息をつきながら、兄貴の顔を見る。真剣な顔。そんなにオレを求めているのだろうか。 兄貴の唇は頬やこめかみに動く。 首に触れられた時には、びくっ、と震えてしまった。 「あ、・・・」 なぞり上げられて、ぞくぞくする。へんな声まで出てしまう。 右手でタンクトップの上から乳首の形をなぞられて気持ち悪さにまたびくっびくっと震える。 「男のそんなとこ・・・」 咎めるのもヘンな気がして途中でやめる。 優しくしてくれるのはわかるけど、これじゃあまるで、ほんとうの女になったみたいだ。 兄貴は構わず布をめくり、直接触れる。 唇ではさみ、歯を立てられると、背筋に電流が走ったような気がした。 甘噛みしてから引っ張る。そして離す。舌先で転がす。 そのたびに首を振ってしまう。いやいやしてるみたいに。 疼きが、全身に広がってくる。 短パンに手がかかった。 「あ・・・」 よりによって兄貴の目の前で。 ぐくっ、と白いブリーフの中心が盛り上がった。 とくに珍しいわけじゃないだろうに、兄貴はそれをじっと見てる。 眉を下げて、いとしくてたまらないといった表情で。 見るなというのもヘンだし、もじもじしていると、指をあてて布の上からじんわりいじられる。 「ちょ・・・卑猥ですっ」 耐えられなくなって叫んでしまった。 「卑猥?」 「おかしいです、こんな・・・」 「おかしくない。お前もオイだからこうなってくれてるんだろう」 「兄貴がそんなことしちゃだめです」 すごく矛盾したことを言っている。 だが、兄貴はあくまでも優しい。 「オイだってほかの男のは触らん。お前だからこうしたいんじゃ」 そうなだめてから、するりと下着を下ろし、ちゅ、と先っぽにキスをした。 声も出ないオレに、 「うんと可愛がってやりたいんじゃ」 そう言って口ですっぽりと咥えこんだ。 「は、や・・・!」 背中がのけぞり、噛み殺すのに失敗した悲鳴が漏れてしまった。 ネチネチと音をたてて舌が動く。 「兄貴が、そんな」 髪に手を突っ込んでかき回す。 「や、やめ・・・」 「やめてほしいか?」 快感が、全身を支配しようとしている。 目をつぶって、歯を噛み締めても我慢し切れそうにない。 「いや、やめないで、くだせえ・・・兄貴・・・」 恥をしのんでおねだりすると、兄貴の愛撫にさらに熱がこもる。 「ん、んんっ」 「オイで気持ちよくなってくれてうれしいぞ」 いきそうになったところで口が離れる。 兄貴はぶるぶる震えるオレを抱きしめた。 キスしながら、兄貴の手は休みなく動いている。 オレの反応をうかがいながら、顔を見ながら、イかせるつもりだ。 知らなかった。兄貴がこんなに意地悪だったなんて! 悔しい。恥ずかしい。でもたまらない。 兄貴の視線を痛いほどに感じながら、オレはイった。 「は、はあ・・・」 弛緩した体をきつく抱きしめられる。 「とろんとした目、紅潮した頬、濡れた唇・・・今のお前がどんなに美しく、オイをそそるか、わかるか・・・?」 「いわないでくだせえ・・・」 あんまり恥ずかしくて、両手で顔を隠してしまう。 それを引き剥がされて、またキスされる。 ちょっと塩味のキス。 全身が汗に濡れている。兄貴の汗の匂いに包まれている。 甘酸っぱくていい匂い。ずっと嗅いでいたい。 ぎゅっと抱きついて思い切り吸い込む。 「ああ、熱い、熱いです・・・」 「火讐・・・」 「熱い、兄貴の、肌、熱い・・・こんなに、オレに・・・」 「そうじゃ。興奮してる。お前が欲しくて」 オレも興奮している。兄貴のカッコよさに。 兄貴はいつもかっこいいけど、はじめて知るいつもとは別のかっこよさに。 「してください。兄貴のものにしてください・・・っ」 自分でも信じられない台詞だ。 「オレ、どうにかなっちまいそう・・・オレも兄貴が欲しいっ」 「火讐・・・!」 「あにきっ!ど、どこでもいいから、兄貴の、好きなように・・・っ」 「じゃあ、・・・ここに、いいか?」 「そ、そこですか、やっぱり・・・」 「やっぱりって」 「オレなりに考えてました。そこしかないかなって」 しっかり兄貴の目を見て訴える。 「切れて血まみれになるかもしれないけど、我慢します」 「そんなこと言われてできるもんかっ」 兄貴は優しいから無理もない。 と思っていると、 「あ、いや、多分大丈夫」 兄貴はひとりで納得したような顔をした。 「なんで?」 なんともばつが悪そうに、 「だって、ボク・・・これだもん」 そう言っていったん体を離してオレに示した。 見て欲しいのだろうと察して下に下に視線をやる。 兄貴の胸、兄貴の腹、そして、兄貴の巨大な珍歩がお披露目・・・。 巨大な? 「わぁ!」 つい身を起こしてまじまじと見てしまった。 目にしたものが信じられなくて。 「がっかりした?」 不安げに揺れる赤い瞳と桃色のそれを見比べる。 「むしろほっとしました」 オレの正直な言葉に兄貴はほっと息をついた。 「これなら、できそうですね!」 「そんな力強く言わないで」 「早くきてください!さあ!」 カモン、と手を広げる。 なぜかとたんにやる気になっている自分がおかしい。 「あ、その前に」 ちょっとためらいながら申し出る。 「兄貴の・・・おちんちん、触っていいですか?」 「ええ!?」 「オレばっかりしてもらうだけじゃ・・・」 「あ、うん」 許可をもらって、おずおずと触れる。 「ぴくぴく動いて、まるでちいさな動物みたいだ・・・」 既にしっかり固くなっているそれをふにふに揉んで軽く擦る。 「なんか、落ち着いてきました」 「そう?」 「兄貴のこれ・・・不思議な力がある・・・癒し効果といおうか」 先っぽを回すとぷるぷる震える。泣いているようだ。 「ああん」 刺激が強かったらしく本体も腰を引いた。 「なに怖がってたんだろ、オレ・・・」 「火讐くん」 「兄貴の体が忌まわしいはずないのに・・・兄貴はどこもかしこもやさしいのに・・・」 雲が晴れた気分で笑う。 「兄貴、オレでよかったら、うんとかわいがってくだせえ」 「お、おう!お前が泣くまでかわいがってやる!」 兄貴はそう勇ましく宣言して、オレの上に重なった。 「技はないけど愛と誠意で!」 抵抗はなかった。 体は兄貴を覚えていた。 ************* 「セックスって、そのうち好きな女ができて、するものだと思ってた」 隣で寝ている兄貴に聞かせるつもりでもなく、つぶやく。 「こんなことになるとは・・・」 「怒ってる?」 不安げに顔を上げる兄貴に、 「いいえ。兄貴がやさしかったから・・・」 そう言って笑う。 「ほかの誰とやっても、こんなに気持ちよくはならないと思います。 兄貴の心だけでなく、体も愛せたこと、誇りに思います・・・」 「火讐くん、なんてけなげなの・・・っっ」 オレの告白に兄貴の目がうるんでいる。 「兄貴、これからはオレの全身全霊をかけて、愛します」 「火讐くん!」 しっかりと手を握りあう。 「兄貴のかわいいおチンチンを!!」 「そこ!?」 「それに、あと100回くらいやったら思い出すかもしれません」 「うれしいけど、ボクの体がもたないような・・・」 そんなことを言っても、兄貴の顔も晴れ晴れとしている。 「良かった。結局定番のオチで」 「定番てなんです?」 「定番が一番落ちつくよ、うん」 聞きたがるオレになんでもない、といたずらっぽくキスをする。 「あらためて、火讐くん、これからもよろしく」 「こちらこそ」 |
安心の定番オチv