幸せな、日曜日 


「なんすか、それ」

うん、その質問はごもっともだよ。
玄関開けたら頭にフリルのカチューシャつけた男が立っていたんだもんね。
「火讐くん、今日お誕生日でしょう」
男らしくするか、かわいくするか悩んだけど、自然体でいくことに決めた。
「だから、その、今日はボクがご奉仕したいと思って・・・」
ぎゅっと目を閉じて。
「よかったら、今日一日奴隷にして・・・」
思い切って目を開け、驚いた顔をしている火讐くんに尋ねる。
「受け取ってくれる?」
おそるおそる見守るボクの前で、火讐くんの目じりと細い眉が思い切りさがった。
「喜んで」
良かった!幻滅されなかったみたい。

「じゃあ兄貴、オレの部屋きてくだせえ」
「は、はい!」
お邪魔します、と靴を脱ぎ、火讐くんの後から彼の部屋に向かう。
「わあ、番長さんかわいい!」
台所のほうからチョコたんがにこにこ顔を出している。
「ちょこたん、しー」
あ、いけない、といたずらっぽく口を押さえるチョコたん。
ごめんね。日曜の昼間からお邪魔して「シー」はないと自分でも思うよ。
そりゃチョコたんいるはずだよ。大好きなおにいちゃんの誕生日だし。
何度か挨拶だけは交わしたことのある、火讐兄妹によく似た美人のお母さんもいるに違いない。
でも、こんな姿、親ごさんにだけは見られたくないんだ。
今更無駄な抵抗だとは思うけどね。
心持足音を忍ばせて階段をあがり、火讐くんの部屋に足を踏み入れる。
「どうぞ」
「どうも」
部屋の中央に置かれた座布団の上にちょこんと正座して向かい合う。
「じゃあ兄貴」
「はい」
なにさせられるのかな・・・火讐くんだったら酷いこと言わないとは思うけど。
「飯食って、映画観て、朝まで一緒にいて下せえ」
ふつうだ・・・!
「そんなんでいいの?」
「十分ですよ」
「せっかくメイドなのに!」
「兄貴、なにしたいんです?」
意地悪くにやにやする火讐くんに、恥ずかしくなってうつむいてしまう。
ちょっとだけ考えてたよ。
同人誌のお約束(?)の、「今日はオレが上になりやす!」とか。
決してマゾなわけじゃないけど。
「へ、別にしたいこと、なんて」
格好にふさわしくツンデレってみたけれど、火讐くんはあっさりとしたものだ。
「残念ですが、したくてもできやせん」
「はぁ」
がっくり肩が落ちる。
「だよね。ご家族いるし」
「すいません」
「謝らなくていいよ。それでなくてもこの暑いのに生クリームプレイもないだろうし」
「そうすね。それは別の機会にとっておきやしょう」
エロい台詞もとりげなくこなす、そんな火讐くんかっこいい!
「でも、なんか言って!命令して!」
あ、なんかすごくMっぽかったかな?
火讐くん、そうですか、とあごに手を当ててちょっと考える様子。
ボクはどきどきして待つ。
「あにき・・・」
あれ、なにか言いたそうにボクの顔をうかがってるぞ。
「な、なに?」
目が合ったら、ぱっと視線をそらした。
「えっと、じゃあ・・・その・・・」
視線は膝に置いたこぶしに落とし、いつになくそわそわしている。
「だ、・・・」
「だ?」
「いや、その」
思い切ったように、顔を上げた。
「舎弟のやつらが・・・前に長風呂対決したとき、気絶したオレを兄貴、だっこしてくれたんでしょ・・・?」
「あ、うん」
「あれ、もう一度・・・」
え!
「今度はオレの意識があるうちに・・・」
言い終わる前に、「あ、すいやせん」と頭を下げる。
耳まで赤くなってる。なんなの、このツンデレ!
いや、違う。
それこそ痴態の限りを尽くしてるのに、まだそんなに純情でいられるの!君は!
「へんなこと言っちまって・・・忘れてください」
「する!」
襲い掛からんばかりの勢いでむんずと肩をつかむ。
「あ、ちょ」
火讐くん、少し身を引いちやった。落ち着こう。
座布団から腰をあげてほらほら、と急かせると、火讐くんも立ちがり、おすおずとボクの首に手を伸ばす。
その背中と膝の裏を支えて、よっと力をこめて抱き上げた。
「お、重いでしょ・・・?」
「羽根みたいに軽いよ」
「嘘だ」
いけない。緩んだ顔では千載一遇の兄貴の雄姿が台無しだ。
「で、お次は?お姫様」
「あにき!」
「あ、王子様か」 
ちょっと睨まれて訂正する。怒った顔もかわいい。
「次はどうして欲しい?王子様」
「・・・・・・・・・」
メイドさんにお姫だっこされる王子様ってへんかな?
「ん?」
目で促すと、ボクの顔も見られないくらい恥ずかしがって、
「・・・あっちに、運んで・・・」
だって。どうしようこの子。
「あっちって、ベッドのことかな?」
「言わせないでくだせえ・・・」 
「ふーーん」
ボクってこんなに意地が悪かったっけ。
かわいすぎるといじめたくなるんだ。不思議。
「なんすか!」
キリリと眉をつりあげたってこわくないよ。
「いや、かわいいなーーーっと」
だらしなく顔を緩めていると、軽く額を小突かれた。 
「黙って運べ!」
「はいはい」
欲と二人連れ?っていうのかな。本当に重くない。
羽毛のようにやさしくベッドに下ろす。
このまま、お姫様のように大切に一枚一枚服を脱がして(もっとも、タンクトップと短パンだけだけど)たいのは山々だけど。
「火讐くん・・・」
両手で頬を包み、おでこや頬にそっと触れ、最後に唇へ。
丁寧に、丁寧に口付ける。
火讐くんも、いつものように情熱的に自分から舌を絡めたりしないで、おとなしく受け入れている。
ぷるぷる震える長いまつげが鼻先にふれてくすぐったい。
じっくり堪能してから口を離すと、
「残念だけど、今日はこれだけね」
そう言って、もう一度おでこにキスを落とす。
「最高のプレゼントです。ありがとうございます」
うっとりと紅潮したその顔も最高だよ、と、もう一回、キス。
何回やっても終わりそうになかったけど、しばらくして、火讐くんは名残惜しそうに体を離した。
「兄貴、待っていてくだせえ」
「どこ行くの?」
「下。良ければケーキ食べていってくだせえ。知世が作ったんです」
「あ、いい。ボクが行くよ」
「兄貴?」
「いっしょに行こう」
はにかみながらも、きっぱりと。
「お母さんに、ちゃんとご挨拶させて」
「兄貴!」
火讐くんの顔がぱっとほころぶ。
子どものような満面の笑み。
にらんだ顔も照れ笑いもかわいいけど、この顔が一番かわいくて、一番好き。
「じゃあ」
「はい」
差し出された手を握ろうとして、
「忘れてた」
レースのカチューシャを取ってポケットに納める。
火讐くん「似合うのに」なんて笑っている。
「兄貴らしくて素敵ですよ」
「どうせオタクですよ」
「どんなにしてても兄貴はオレの自慢の兄貴です」
どうしてそんなにうれしいこと言ってくれるのかな、君は。
「あ、もうひとつ」
「なんすか」
「一番肝心なこと忘れてた」
ちょっと恥ずかしいけど、おでこにおでこをこつんとつける。
「16歳、おめでとう」
火讐くんの唇は、ありがとうございます、と動くより早くボクの唇を奪っていた。

大好きな人の生まれた日は、いつもより幸せな、日曜日。

だって日曜日だものv


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