悪戯2




1
一度目は事故ですむ。
二度してしまえば、それは故意だ。

元気付けるためなのか、浮気なのか。
お姫様は騎士の奉仕をお望みだ。

いや、奉仕しているのは姫のほうか。

あやしげな呪具が並ぶ部屋。

真っ白いシーツの上にはたくましい青年と痩せた少女。
二人の裸体が月の光に青白く照らされている。

少女は青年の肩に顔を埋め、存分に舌を這わせて張り詰めた筋肉を味わっている。
青年は膝立ちになっている少女の小さな尻を支えてやっている。

「アンナ殿」
「なによ」

甘くかすれた声で少女は応える。

青年は言いにくそうに言った。

「下履きまで脱ぐ必要はあるのでござるか」


阿弥陀丸の位置からはアンナの裸の腰が丸見だった。

いくら性別を感じさせない体つきとはいえ、すべてが幼いままというわけでもないので。
彼は目のやり場に困っている。

「隔たりがないほうがいいのはわかるでござるが」
「いまさら恥ずかしがることないでしょ。それに」

アンナはちらりと視線を下に落とす。

「お互い様じゃない」

阿弥陀丸は赤面した。

「アンナ殿、気持ち悪くないのでござるか」
「気にするほどへんじゃないわよ」

今度は耳まで赤くなる。
それを見て、アンナは笑った。

「かわいいわね」
「やめてくれでござる」

その、首を振るとこなんて、ほんとにかわいい。

からかうようにアンナは熱い息を耳に吹き込む。

アンナは上手だ。煽るのも、焦らすのも。
だからつい、阿弥陀丸は身を委ねてしまう。流されたくなってしまう。

「もう一度しましょ」

拒めない。
うなづいて、細い腰を抱きしめる。

やはり、これは浮気でしかありえだろう。



2
いつもぼうっとしているように見えても、葉は霊のことになると敏感だ。
ましてや身近な二人のこと。
様子がいつもと違うことくらい、すぐに気がついた。


「それで」

アンナは無表情に許婚を見つめていた。

「阿弥陀丸はオイラんだ」
「なら、もっと大事にしてあげなさい。逃げられても知らないから」
「そんなことはありえない」
「たいした自信ね」

厳しい口調にも、アンナはひるまない。
切れ長の目に冷たい光をたたえて正面からにらむ。

葉もにらみ返す。

葉はアンナを責めなかった。
アンナも責められる筋あいはないと思っていた。

相手が霊である以上、これはただの浮気ではない。

麻倉の人間は夫婦であってもシャーマンという仕事においてはライバルである。
それは彼らの譲れない一点なのだ。

葉はアンナに一目置いていた。
その優れた能力を麻倉は求めているのだから。
アンナになら負けても仕方ないのだ。

だから、葉は言った。
「オイラにも教えろ」

「プライドないわね、あんた」

葉は繰り返す。

「その技、オイラにも教えてくれ、アンナ」

アンナは葉の顔を見、そしてゆっくりとうなづいた。

「いいわ」


3
「なんと言ったでござるか、葉殿」

阿弥陀丸は葉の部屋に呼ばれていた。

葉はいつになく思いつめた表情で座るようにとうながした。

布団の上に、である。

いやな予感がしないわけもない。

「オイラと寝よう」
「お断りするでござる」

当たり前だ。

葉の口調が激しくなる。
「アンナとは寝たんだろう」

阿弥陀丸はうなだれた。

やっぱり知ってしまったのか。

「アンナとオイラと、どっちが大事だ」
「アンナ殿は女性ではござらんか」
「だったらどうした」

選べないなんて言えない雰囲気だ。

阿弥陀丸は言葉に詰まる。

これまでだったら、迷わず葉を選べた。
しかし、今は。

「すまんでござる、葉殿」

頭を下げるしかない。

「拙者、どちらも大事でござる」
「じゃあ、アンナとできたんなら、オイラともできるな」
「葉殿」

どうしてそうなるのでござるか。

これは男同士ですることではないと思う。
やはり、性行為に近いかたちをとるものであるし。

そう言ってみたが、もちろん聞く耳を持ってはくれなかった。

葉はさっさと自分の帯を解き出している。

阿弥陀丸はすべなく見守るしかなかった。


帯を抜き、浴衣を足元に落とすと、彼はためらいもなく下履きを脱ぐ。

「なっ」

葉の裸を見て、阿弥陀丸は逃げ出したくなった。

当たり前のことだがアンナとは違う。

彼の意思が、はっきりと表れている。
もう、一目見ただけでわかってしまう。


拙者が馬鹿でござった。


阿弥陀丸は己の甘さを悔やんだ。

子供だとばかり思っていたのが間違いだった。

葉だってもう15歳なのだ。
それなりに男として意思表示ができるようになっていていて当然。


葉はその「意思」を隠そうともせず阿弥陀丸に近づいた。

「阿弥陀丸」

自分を呼ぶ、まだ高い声。
一気に全身に悪寒が走った。
アンナのときより数倍怖い。

「オイラのものになるよな」

いったい、自分にほかのどんな選択肢が残っているというのか。

阿弥陀丸は固く目を閉じた。

捌かれる魚になった気分だった。
このからだだから実害があるはずもないけれど、気持ちの問題である。

葉の腕が伸びてきた。

両手で頭をわしづかみにされる。
面食らっているうちに口がふさがれた。

指を差し込まれ、無理に口をこじ開けられて舌が差し込まれる。
葉は執拗に舌で口中を掻き回した。

「葉殿、苦しい、苦しいでござる」

必死で口をはなしてそう懇願すると、ようやく開放された。

息をつくひまもない。
乱暴に動く手によって、防具が剥がれ、帯が解かれる。
下帯に手がかかると、さすがに慌てた。

「葉殿、それはだめでござる」
「アンナにはさせなかったか」

阿弥陀丸に嘘はつけない。

葉の口端が意地悪く上がる。

「なら、オイラにもさせろ」

ああ。
罰を受けているのだ。

裸に剥かれる。

葉がのしかかってきた。

てのひらがからだの表面を這う。

目を閉じて耐えていると、軽く頬がはたかれた。

「阿弥陀丸、こっち向けよ」

しぶしぶ目を開ける。

つぶらなひとみが真剣な光をたたえて真正面から見つめている。、

こんなときでさえ、無邪気に見えるその顔を。

「葉殿」

頬にやわらかいくちびるが触れる。

いとおしく思わぬはずがない。

でも、やっぱり。

こんなのは絶対だめでござる。

あとでいやな思いをするのは葉のほうだ。
自分が止めないといけない。

自分とアンナに対する怒りが刺激となっているに違いない。
ならば。
欲望さえ満たしてやれば自分を取り戻すかもしれない。

阿弥陀丸は身を起こした。

「葉殿」
「なんだ、阿弥陀丸」

勇気を振り絞って提案する。

「拙者に任せるござるよ。ちゃんといいようにしてさしあげるから」


態勢を入れ替えて自分が上になる。

おそるおそる、主のからだに触れる。

先ほどから目に付いて仕方のない、相変わらず意思を誇示しているものに手を添えた。

ゆるく擦り上げながら、阿弥陀丸はため息をつく。


なんで死んでからまでこんなことをしなくちゃならんのか。


自業自得とはいえ、涙が出そうだった。


「あ、そのへん」

少しは恥ずかしがるかと思った葉はじつにうれしそうだった。

「すんごく気持ちいい、お前、上手だな」

ちっともうれしくない。

もうさっさと終わらせたくて忙しく指を動かした。

「あ、あ、」

腰がひくついている。
肌に汗が流れる。

葉は頂点に達っする前に、阿弥陀丸に命令した。

「オイラがいくとこ、ちゃんと見てるんだぞ」
「見ているでござるよ」

なにが楽しいのかわからないが、言われた通り見つめてやる。

すぐに、葉のからだが硬直した。

声は出なかった。
ふるふると痙攣して大きく息をつく。

阿弥陀丸は一仕事終えてちょっと満足した。

べどべとになった手をどうしようかと迷い、
気づかれないように注意しながらシーツで拭う。


「気持ち良かったぞ」

葉はすっかり機嫌を直したようだ。

とりあえずほっとする。

「それは良かったでござるな」

阿弥陀丸も笑顔で応える。

「じゃあ、本番な」
「えっ」

当然のように葉がまたのしかかってきた。

「ちょっと、葉殿」
ちらりと今開放に導いたものに視線を走らせて、力が抜けた。

ぜんぜん、これっぽっちも勢いが衰えていない。


わ、若いでござるなあ。


その回復力には感心すらしてしまう。
そんなことを考えている場合ではない。

葉が顔を覗きこんでいる。

「なあ、オイラがいやか」
「そんなことは、あるはずがござらん」
「じゃあ、オイラのものになってくれよ」

やさしい声。
請うようなまなざし。

阿弥陀丸は困った。

こんな場面に自分は弱い。

理不尽な要求でも。

「好きだよ、阿弥陀丸」

子供のわがままだとわかってはいても。

言うことを聞いてやりたくなってしまう。

「拙者もでござるよ、葉殿」

観念するしかない。

「お手柔らかにたのむでござるよ」
「おう。オイラにまかせな」


4
行為自体はあっという間に終了した。

今、阿弥陀丸の頭にはいろいろなことが渦巻いている。

生きてる間なら文絶対句を言っているとか、アンナのほうが百倍上手だとか、

いけない、いけない。

「なんだ、アンナとはしてなかったのか」

あっけらかんと葉は笑う。

「なら、そう言えばよかったんよ」

もう、いつもの彼である。

阿弥陀丸は恨めしく思う。

「言わせてくれなかったでござろう」
「そうか。悪い、悪い」

少しも悪いと思っていないに違いない。

「ま、気にすんな」

ほら、この調子だ。
でも、これでよしとしよう。いつもの関係に戻ったのだ。

「またやろうな」
「えっ」
「だって気持ち良かったもんよ」

味を占めさせてしまったのか。

阿弥陀丸は頭を抱えた。

葉は他人事のようによしよし、と言いながら頭をなでる。
撫でながら、がらにもなくしんみりとした声を出す。

「ホントはさ、お前をアンナにとられちまうんじゃないかって、すっげー不安だった」

阿弥陀丸は顔を上げた。

「ほら、やっぱりそゆことすると情が移っちまうとかあるんだろ。お前、義理堅いしな」
「葉殿」
「でも、お前はアンナよりオイラのほうがいいんだよな」

にかりと笑う。

そんなことを言った覚えはない。

怪訝な顔をしていると、葉は続けた。

「だって、こんなこと好きじゃなきゃできないだろ」
「拙者はそうでござるが」
「お前がそうなら、いいんだよ」

いいのだろうか。

とりあえず。

アンナとの浮気は終わったに違いない。
葉が許さないだろう。
葉にアンナを責める筋合いはないが、これで阿弥陀丸を責める理由はできたのだ。

葉は見かけによらずシット深く独占欲が強い。
それは身をもって知った。

でも、あれが続くのかと思うと。
これから先も期待はできそうにもないし。


葉殿、拙者、やっぱりアンナ殿のほうが。


もちろん、言えない。

葉はうしし、と笑う。

そして自分より一回り以上も大きな阿弥陀丸のからだを抱きしめる。

「好きだぞ、阿弥陀丸」
「拙者もでござるよ」

受難は始まったばかりのようだ。


おしまい




















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