日増しにあたたかくなってきた。
中学三年生の冬ももう終わる。
桜が綺麗だ。
夕日にピンク色の花弁が鮮やかに映えている。
もうすぐ満開になる。
前を歩いていた葉くんが突然言った。
「卒業式だな」
ぼくは、葉くんはずっと花に見とれていたと思っていたので。
ちょっと驚いた。
でも、何気ない振りをしてこたえる。
「そうだね」
森羅学園には高等部があるから、ほとんどの生徒がそのまま持ちあがりになる。
もちろん、ぼくもだ。
前に、葉くんはどうするのか、尋ねてみたことがある。
「オイラ、家に戻って修行するよ」
予想していたとおりの答えだった。
葉くんには立派な家があるから、家業を継ぐのだろう。
春には、決定的にぼくらの道は別れてしまう。
それで終わるような浅い付き合いだったとは思いたくないけれど。
今までどおりではいられない。
いつもの帰り道。
葉くんはぼくの半歩前を歩き。
ぼくは大またで葉くんを追っている。
アスファルトに二人の影が長く伸びていた。
葉くんが振り向いた。
「なあ、まん太」
ぼくを見て微笑む。
「ずっといっしょにいような」
ずっといっしょにはいられないよ、葉くん。
できることならば、そうしたい。
ただいっしょにいるだけじゃなく。
できることならば。
君を守りたい。
ぼくが弱いのはよくわかってるけど。
君はぼくなんかよりずっと力を持っていること、よくわかっているけども。
できることならば守りたい。
すべてのものから君を。
そんなこと夢物語に近い。
わかっている。
君は旅立っていく。
近い将来、必ず。
ぼくだけが残される。
それはしかたのないことだ。
だから、ぼくは今のこの時間をかみ締めている。
そのときがくるのをおそれながら。
「葉くんは、ぼくなんかいなくても平気でしょ」
つい、意地の悪い台詞が口をついてしまう。
葉くんは口を開けた。そうするとますます間抜け面に見える。
「なんでまた」
「アンナさんも、ホロホロも、蓮も。みんないるじゃないか」
こんなこと、言うつもりはなかったのに。
「みんな葉くんが好きで、ぼくなんかよりずっと頼りになるじゃない」
堰を切ると止まらない。
これがぼくの本心だ。
葉くんは戸惑った顔をした。
それがちょっとだけ寂しそうに見えたので、胸がずきんとする。
でも、すぐにいつもの笑顔に戻ってこう言った。
「オイラ、お前がいちばん好きだぞ」
「うそばっか」
「ほんとだぞ。まん太がいちばん好き」
ああ、そうですか。
そんな誠意のこもってないユルユルな態度で言われても、ちっとも信用なりません
ね。
そう思うけど。
心とは裏腹に、口元が自然に緩んでいくのを感じた。
「うれしいんだな」
葉くんは目ざとく見つけて指摘する。
「もう、いちいち言わないでよ」
できるだけ怖い声を出したつもりだが、ぼくではたかが知れている。
葉くんはますますにやにやする。
ぼくは真っ赤になっているに違いない。
「ずっと、オイラのそばにいろな」
葉くんは確信しているようだ。
ぼくがうなづくことを。
「うん」
くやしいけど、そのとおりだ。
君にぼくがふさわしいとは思わないけど。
でも。
ぼくも君がいちばん好き。
これも、絶対言えないぼくの本心。
二人の帰り道。
葉くんがぼくの手を握る。
はずかしかったけど、ぼくも握り返す。
けっしておおきくはない葉くんのてのひらは、
それでもごつごつとしていて、あたたくて。
ずっと握っているとすこしだけ、安心できるような気がした。
|