1
「一緒に行こう、阿弥陀丸」
抱きしめると、あいつのからだは震えていた。
「お前はだめだ」
ようやく出したらしい声は、小さくかすれていた。
「落ちるのはオレだけでいい。
オレは、地獄に落ちるに違いないから」
「阿弥陀丸」
肩から引き剥す。
なさけない顔を見られたくないのだろう。
顔を伏せようとしたあいつを、容赦なく真正面から見つめる。
「ひとりでは、行かせない。どこへも」
一句一句、はっきりと告げる。
「お前が地獄の炎に焼かれるときは、オレも焼かれる」
目をそらさせない。
「拒んでもだめだ」
腕をつかむ。
「いっしょに行こう、阿弥陀丸」
「喪助」
あいつの目が語る。
(ほんとうに、行けたらどんなにいいだろう。
でも、ごめん、喪助。
地獄はオレだけで行くよ)
行かせやしない。
「オレが平気だと思うか」
(ああ、わかってる)
「お前だけ死なせてオレがのうのうと生きられると思うのか」
(わかってるよ、喪助)
「お前がそう言うのはわかっていた。
お前はほんとうにオレを大事にしてくれるから」
あいつの言葉をオレは無視した。
「引きずってでもつれて行く」
あいつは微笑む。
(ああ、うれしい。
うれしいけど)
「お願いだ、わかってくれ」
2
ふたりで領主に仕えるようになってから、あいつは変わった。
誰より強いはずのあいつが、オレのところに来るたびにすがるような目でオレを見る。
侍としての仕事はつらいのだろう。
あいつに人殺しなんて向いてないから。
「喪助」
この目を見ると切なくなる。
はっきりとわかる。
あいつはオレに抱かれに来ていた。
だから抱いてやった。
そんなことで、お前の重荷が少しでも軽くなればいつだってそうする。
代われるものなら代わってやりたい。
でも、それはできないから。
せめてそばにいて支えてやりたかった。
オレの腕なんかでよけりゃあ、いつでも開けておく。
いつでもお前を抱きしめられるように。
3
なぜ、ひとりで行ってしまうなんて言うんだ。
オレにはわからない武士の誇りのためか。
お前は、そんなものが大切なのか。
自分の命よりも。
馬鹿げている。そんな愚行は侍どもにまかせておけばいい。
オレの大事なお前が、そんなもののために死ぬなんて許さない。
絶対にオレが守る。今度こそは。
「わかってくれ」
わからない。
「お前は死なせたくない」
オレだってそうだ。
ともに逃げることはあいつは許さない。
じゃあ、オレにどうしろと言うんだ。
お前を置いて逃げろと。
お前は本気で言うのか。
あいつは笑っている。
こいつを、このいとしいものを、あんな領主の手にかけさせるのか。
なんでこんなことになったのだろう。
オレたちがなにをしたと言うのだろう。
ただ、一生懸命生きてきただけなのに。
こいつが人を殺したのはオレたちのためだ。
罰ならオレに与えてくれればいい。
また、お前だけが血に汚れて。
オレだけが生き延びるのか。
「オレはなぜ、お前を守ってやれないのだろう。
いつもお前だけ汚してしまうんだろう」
オレに力がないから。
「違う。お前がいなければ、オレは生きられなかった。
二十年前、オレは死んでるはずだった」
オレたちが出会ったあの日。
泣いているあいつをオレが手を引いて、
ずっといっしょにいようと言った。
「きっと、お前を守るために生き長らえたんだ」
あいつは笑った。
こんなときでもあいつの笑顔は綺麗だ。
すこしぼやけて映ったけれど。
「お前と生きた二十年間、本当に楽しかった」
ああ、おれだって。
「お前に助けられた命を返すだけ」
あいつの手のひらが、頬に触れる。
「だから、泣かないでくれ」
お前だって、泣いてるじゃないか。
「オレは、侍として潔く死にたい」
本気なのか。
「オレのわがままを聞いてくれ」
オレがどんなに言ってもだめなのか。
「たのむ、喪助」
それがお前ののぞみなら。
お前がどうしてもそうしたいというのなら。
オレはうなづくしかない。
オレなんかにお前を無理強いできるはずもない。
オレが死んただらお前の命が無駄になる。
オレは生きよう。
4
意識が薄れていく。
からだから血が流れ出てゆくのがわかる。
あいつはいつもこんな思いをしていたのだ。
痛かっただろう。つらかったろう。
オレはちっともわかってやれなかった。
ごめんな。
お前の命、無駄にしてしまった。
でも、オレはだめなやつだ。
こんなことになって満足している。
お前をひとりにしやしない。
同じ場所では死ねなかったけど、かならずお前を見つけるから。
いつまでもさみしい思いはさせやしない。
待っていてくれ。
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