睦言




「お前さ」
もう寝入ったのかと思っていた阿弥陀丸の声がした。
喪助は顔だけ彼に向ける。
色の薄い髪の合間からつややかに光る目がこちらを見ている。
「オレの体なんか触って楽しいのか」
まじめな口調で何を言い出すのやら。
喪助は苦笑して身を起こし、思わぬ寒さに少し震えた。
もう秋である。
冷たい風をさえぎるもののないボロ住まいではなおさら肌に染みる。
筵を引っ掛けて長々と横たわったからだに寄り添う。
そして、さっきの問に答えてやる。
「面白いぜ」
阿弥陀丸は不信そうだ。
「嘘つけ」
そういって背を向けてしまった。
ご機嫌斜めのようだ。

この廃寺生活もすでに二十年になる。
ここ数年で、本当に細々とだがなんとか暮らしていけるようになった。
子供たちはひとり、またひとりと巣立っていき、
残ったのは喪助と阿弥陀丸のふたりだけ。
屋根はないし、壁はあちこち穴が開いているし、
住み心地がいいとは決して言えないこの廃寺でもふたりにとっては大事な家だ。
少しでも住みやすそうな場所は必ず侍や盗賊どもに狙われるため、
これくらいがちょうどいいとふたりは思っている。
有事の際には覗かれ放題ではあるが。
まあ、わざわざ覗くやつはいないだろうが。
二人とも、見たいやつにはべつに見せてもいいと思っていた。
「こんなゴツゴツした体なんか面白いわけない」
阿弥陀丸は駄駄っ子のように繰り返す。
子供の扱いに慣れた喪助は、こんなときはよしよしと頭をなでてやるのが一番だと知っている。
「でかいほうが抱きしめがいがある」
後ろから肩を抱く。
「胸もないし」
「立派な胸板があるだろ」
一点の緩みもない、張り詰めた肉を両の手のひらで覆う。
「お前と同じじゃないか」
「違うね」
手のひらをずらし、臍下三寸ほどの場所に触れる。
「喪助」
声に、驚きと羞恥の色が混じっていた。
低い男の声なのに、なんとも色っぽく聞こえる。
「お前の体はオレにかわいがられるためにあるんだよ」
ここもな、と握りこむ手に力を込める。
「使わせてやれないのは悪いけど。
その分オレがたっぷりかわいがってやってるだろ。
こんなに大事にされている男はほかにいないぞ」
きっとあいつは呆れ顔をしているだろう。
馬鹿なことを言うなとか、ことによると照れ隠しに殴られるかもしれない。
急に阿弥陀丸が態勢を返し、喪助に向かい合った。
長い腕が伸びてきて、首に絡みつく。
真っ直ぐに見つめてくる、綺麗なひとみ。
期待に満ちた真剣な表情。
喪助はもちろん応えてやる。
「心配すんな。
お前が一番なんだから」
阿弥陀丸の目許が笑った。
「そういうことにしておくよ」
「本気だって」
ひんやりとした長い髪を手に取り、くちづける。
そして、乞われるままに体を重ねていった。

おとなしく体をあずけながら、阿弥陀丸は独り言のように言った。
「どうだろうなあ。お前は女が好きだからなあ」
よっぽど信用がないのだろう。
喪助は耳元に顔を寄せ、うんとやさしい声で囁いた。

「お前のほうがいいって。
こんなにかわいいやつはいない。
かわいくて、かわいくて、食っちまいたいくらい」

それを聞くと何ともいえない無邪気な顔になった。
絡みつく腕以外のすべての力が抜けていくのがわかる。
かわいいやつ。

直接差し込む月の光のせいで廃寺の中は明るい。
目を上げると仏像の顔が良く見えた。
屋根さえなくなったこの廃寺にも本尊だけはかろうじて残っている。
もちろん本来の姿ではなく、さんざん表面の鍍金をはがれ、土の像になっているが、
それでも仏様には違いない。
子供たちと暮らしていた頃も、なんとなく見守ってもらっている気がしたものだ。
もう、守っちゃくれないだろうけどな。
喪助は心の中で苦笑する。
誰かが言っていた。
あの仏様は、阿弥陀如来というらしい。
結構いやな符号だ。
同じ名を持つこいつを目の前でどうこうされるのは
仏様といえども面白くないかもしれない。

オレはいい。
でも、こいつだけは守っていてくださいよ。
オレを守ってくれるのはこいつだもんな。

そんなことを思いながら、喪助は貪欲な恋人を誠意を持って愛した。


おしまい





















BACK