玉虫色


1
麻倉家は元日の朝を迎えた。

「じゃあ、行ってくるわね」

葉とアンナは早朝から初詣に出かける。
阿弥陀丸は玄関で見送った。

葉は普段着にコートをつけただけだが、アンナは晴れ着姿である。

その唇はつややかに光っている。
阿弥陀丸はそれが気になって仕方がなかった。

遠慮がちに尋ねてみる。
「アンナ殿、紅をつけておられるのか」
アンナは素直に答えた。
「これ、リップよ。口紅じゃないの」
そう言って、バッグからちいさな鉛筆のようなものを取り出して見せてくれた。

「気に入ったんならあげるわよ」

阿弥陀丸は苦笑して首を振る。

「いや、拙者が貰っても使い道が」

アンナは、そりゃそうね、と言って葉とともに出ていった。


広い屋敷にひとりになる。
葉の部屋に戻り、いつものように壁に寄りかかった。
目を閉じて思いにふける。

アンナのかたちのいい唇を彩っていた。
つややかな玉虫色。
その色に、覚えがあった。


2

「ちょっと来てみろ」
その日、仕事から帰ってきた喪助が阿弥陀丸を呼んだ。

喪助はご機嫌のようだ。
「いいもん見せてやる」
そう言って、握っていた手を開く。

そこには、ちいさな欠けた貝殻があった。

喪助はそれを廃墟で拾ってきたという。

合わせ目をこじ開けると、内部に紅い粉が付着しているのがわかった。
喪助はそれを指先で掬った。
手の甲に塗ってみる。

肌の上で、それは鮮やかな玉虫色へと変わった。

喪助は自慢そうにそれを見せる。
「上等の紅だぜ」

自慢したくなるのはわかる。
この時代、紅なんてまず庶民の手には入らない。
それくらい贅沢品なのだ。

これを引くのは将軍のお相手をするような、最高級の遊女くらいだろう。

喪助はにやにやしている。
だいたいなにを言い出すか予想がつく。

「つけさせろ」
やっぱり。
「ばか」
いやがったが、結局押しきられた。

喪助は紅を人差し指の先にとった。
唇に当て、軽く伸ばす。
そしてもう一度。
今度はくっきりと唇の形をなぞる。

何度か繰り返してから、喪助は満足げにうなづいた。
「似合うぞ」
オレはうんざりする。
「ばかが」
「すごく色っぽい」
喪助は昔拾った、鏡の破片を持ってきた。
オレに突き出す。
「ほら」

そんなもの、見たくなかった。
でも、ちらりと見てみた。

見なれないものが映っている。

自分の顔のはずだ。
なのに、別人だった。
誰だ、これは。

喪助が囁く。
「遊女だろ」

ああ、これは。
これはオレじゃない。
オレはこんなに淫らな顔はしていない。

なんだかへんな気分になってしまった。

喪助はオレの手を引いて、寝床に誘った。


3
いきなり喪助が言った。
「自分でやれ」

今更、それくらいなんていうことはない。

着物に手を突っ込もうとすると、制された。
「違うだろ」
意地悪く口元がゆがむ。
「色っぽくしなきゃだめだ。お前は遊女なんだから」

ちょっと驚いた。
こいつはこんな趣味があったのか。

さらに言う。
「オレを誘ってみろ」

でも、べつに、拒む理由はない。


「はあ」
じっくりと。
見られていることを意識しながら手を動かす。

こいつは、オレをとおしてべつのやつを見ているのだろうか。
この紅が似合うどこかの女を。

それは屈辱であるはずなのに、なぜかオレはひどく高ぶってきた。

お前はどんな風に女を抱くのだろう。
女はどんな風にお前を歓ばせるのだろう。

あれこれ想像してみる。
そうすると、ますますからだの芯が熱くなっていった。

すぐに絶頂が訪れる。
オレは喉をのけぞらせて大きくふるえた。


目を開けると、まだ喪助がじっと見ていた。
「手を見せてみろ」
そんなことをするまでもないのに、手についたものを確認する。

ぞくぞくしてくる。

なにかご褒美をくれるのかなと期待した。
「ひとりでいくなんてずうずうしいぞ」

オレはあきれた。
自分がやれって言ったくせに何て言いぐさだ。

「ほら」
喪助は手をオレの前に突き出した。
わけがわからないまま、オレはその手をつかむ。

喪助は命令した。
「くわえろ」
オレは理解した。
これはそういう遊びなのだ。
うなづいて、命令に従った。



節くれだった指を口に含む。
それが喪助自身であるかのように舌を絡めていく。

ごつごつとしている。
この手で、女を抱くのだ。
いやらしくねちっこく愛撫するのだ。

ずるい。

口の中で舌を上下させる。
舐め終わると、次の指に移る。

「もっとしっかり舐めろ」

喪助は時折、意地悪く指を抜いたり、逆に奥まで突っ込んだりする。
喉を突かれて咳き込みそうになったが、逃しはすまいと吸い込んだ。
喪助はせせら笑った。
「舐めるのが好きか。いやらしいやつだ」

喪助は前をはだけた。
大きなものがこれ以上無理というほど天を突いている。
それを見てうれしくなった。
オレの奉仕が上手かったんだろうか。

そこに顔を突っ込もうとすると、喪助の手に阻まれた。
「それはまだ、お前のものじゃない」

オレは泣きそうになった。
こんなこと、早く終わらせたいのに。

「もっとちゃんと舐めてからだ」
また指を突っ込まれる。
オレは熱心に舐める。

「もういいぞ」
ようやく、与えてもらえた。
「上手に舐めろよ」

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思い出しているうちに、手が自然に着物の中に入っていた。
もう欲望なんてないはずなのに。
指を動かす。
こうすることで、喪助を感じることができるような気がした。


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膨らんでいるそれを口に含んだ。
ゆっくりと頭を動かす。
舌も休まず動かしつづけている。

ほどなく、一度目の絶頂が訪れた。
大量の液が口の中に放出される。

口を離そうとしたが、喪助は許さなかった。
「残さず飲み干せ」
仕方なく、喉に流し込んだ。
はじめての経験だった。

飲み込みきれずに咳き込んでしまう。
なんともいえない苦い味が口中に残る。

「よくできた」

喪助は冷酷だ。
その冷酷さにぞくぞくする。

「入れていいぞ」

あぐらをかいた喪助の上にそろそろと腰を落とす。
「う…」

痛みに腰を引いてしまった。

やはり、かなり抵抗がある。

目で助けを求めたが、喪助は冷酷な笑みを浮かべてみているだけだ。
ほんとうになにもする気がないらしい。
仕方なく、喪助の膝から降りた。

もう一度、喪助のものを口の中で扱いた。
2度目の放出は手の中に迎える。
それを自分の後ろに塗り込んだ。

自分を犯す準備をしている。
それを見られている。

なんてみじめな格好だろう。
なのに、からだがうずいてしかたがなかった。


早く終わらせたいばかりじゃない。
オレ自身がこれを欲している。


準備を終えて喪助に跨る。

今度はオレのからだはそれを貪欲に飲み込んでいった。

オレの中が喪助で満たされていく。

心地よい痛みをもっと感じたい。

床に手をついて、一生懸命腰を動かした。

喪助の手が着物の中に入ってくる。
「こんなふうにしても、感じるんだな、お前は」
指がまさぐっている。
ものを扱うように乱暴に、オレのそれを強く擦る。

息吹いていた芽が開く。

オレはまた達した。


喪助の指が唇に触れる。

紅はとっくに剥げ落ちているだろう。
無色の唇を喪助がなぞる。


「お前、綺麗だな」
細められた目がオレを見つめている。
「綺麗な着物も、似合うだろうな」

両手で頬を挟んで口付ける。

「着せてやりたいな」

お前は、綺麗な色の唇が好きだろう。
オレなんかがつけても不恰好に決まっている。

「いらない。オレは、男だから」
「ああ、そうだな」

こんなことをされていても。
お前はオレを愛していくれている。
それがわかる。

だから、オレは。
お前が望むのなら、いくらでもみだらになれる。



4
手淫はこのからだを高めはしない。
とうぜんだ。この身は朽ち果てたのだから。
ただ、想いだけが残る。
お前のことを考えてしまう。

お前に触れて貰えたら、今でもすこしは高まるだろうか

なんて未練なんだろう。
きっと、オレみたいにしつこいやつはいない。

涙が出てきた。

お前とオレは違う。
オレは、お前のところに行けないと思う。
だからこの世にいたかった。
オレはこの世で浄化され、無と化すだろう。
それはオレが望んだこと。
だから。

お前とは二度と会えやしないんだ。

あきらめて手を抜いた。

贅沢だと思う。
ここでは死者である自分でも、受け入れてもらえる。
勿体無いくらいよくしてもらっている。

ただ、あいつがいないだけ。



5
初詣を終えて、葉たちが帰ってきた。

「ただいま」
阿弥陀丸はいつものように笑顔で出迎える。
「おかえりでござる」

人込みの中を歩いて疲れたらしい。
葉はさっさと部屋に戻ってしまった。
あとにはアンナと阿弥陀丸だけが残される。

アンナはしとやかに下駄を揃えている。
着物姿が板についている。
やはり、見とれてしまう。

ふと、目に付いた。

アンナの唇は桜色だった。

じろじろ見ていると、睨まれる。
「なによ」
「いや」
誤魔化そうかと思ったが、思い直して口にする。
「アンナ殿は紅などつけないほうが綺麗でござるよ」

アンナが小首をかしげた。
「そうかしら」
悪い気はしていないようだ。
「そうでござる」
心の底から言う。
「あれは、いい娘さんがつける色ではないでござる」

アンナは、あんたがそう言うなら、とうなづいた。


おしまい


SMにチャレンジしてみました。
文章力がないのでちっともエロチックにならないのがくやしいです。