病葉
1
一体どれほどの時がたったのだろう。
今が昼なのか、夜なのかすらわからない。
人の気配がある。
オレは薄く目を開ける。
視界は明るかった。まだ昼なのだ。
喪助。
呼んだつもりなのに、声は出なかった。
「目が冷めたか」
大きな手が頭を撫でている。
「すぐ良くなる」
オレは再び目を閉じる。
子供の頃も、夜中にこいつが傍にいてくれると安心した。
胸に刀傷を追ってから一月。
傷はふさがったのに熱は下がらなかった。
微熱が続いている。
食欲はない。ずっとからだがだるい。
思ったより傷は深かったのか。
全身が熱い。
「チビどもは気にするな」
喪助の声はやさしかった。
「一日中お前のそばにいるよ。お前か一番大事だ」
あんまりやさしすぎる。ほろりときそうになる。
「オレ、死ぬのかなあ」
自分でも思ってもいなかった泣き言を口にしてしまう。
怒られるかと思ったのに、喪助は笑った。
「お前が死んだら、オレも一緒に逝ってやるから」
頭を小突いてそんなことを言う。
「だから死ぬな。オレはまだ死にたくない」
そうだな。お前には長生きしてもらいたい。
ああ、でも。
オレは死んでも仕方ないかも。
いっぱい、いっぱい血を流したから。
「なに泣いてんだ」
頬を伝うものを喪助の手が拭う。
「だめだぞ。気弱になっちゃ」
わかっている。
からだが弱ると心まで萎えてしまう。
今のオレはみじめだ。
そんなオレを、喪助はしっかり抱いてくれた。
「包帯かえるぞ」
喪助に支えられてオレはからだを起こした。
袈裟懸けの傷が目に入る。
刀傷はかさぶたになっている。
そのかさぶたももう剥げかけている。
なのに、熱は下がらない。
オレにこの傷をつけた男の執念なのか。
腕を切り、喉に止めを刺したオレを恨んでいるのか。
ならば、オレはこの傷で死ぬのだろうか。
「傷があってもお前は綺麗だよ」
喪助は母親がするように傷跡を舐めた。
なんとなく照れくさくて喪助の頭を押しのける。
本当はうれしかったのだけど。
「汗かいてるから」
喪助はオレの本心をわかっているようだ。
「綺麗にしてやる」
そう言ってオレの着物を脱がせた。
2
舌が動く。
首から胸へ。そして腹へ。
喪助は丹念に汗を拭っていく。
腕の内側が終わると、そのまま高く持ち上げた。
ためらいもなく腋下に口をつける。
「あ…」
丹念に舌が這う。
恥ずかしさと微妙にくすぐったい感触にぞくぞくする。
「くう…」
苦しい息が漏れる。
喪助の行為はすでに愛撫になっていた。
拒む気はない。
喪助に寄りかかり、身を委ねていられるのがうれしかった。
死ぬのだろうか。
死んでも仕方ない。
オレは人斬りだ。
でも、喪助のからだはあたたかい。
喪助は汗を舐め取りながら、手をお尻の谷間に滑り込ませた。
確認するようにそこを行き来する。
「ん…」
太い指が入ってくる。
途中で指を曲げ、出し入れする。
腰の奥がむずむずする。
気持ち悪いような、気持ち良いような妙な気分。
もう片方の手で前に触れる。
濡れた音がして、頭がかっと熱くなった。
「こんなに元気じゃねえか。どこが死ぬんだよ」
喪助は笑っている。
恥ずかしい。
目をつむったまま、何度も首を振る。
喪助はますますにやにやしてそれを強く扱く。
内部で蠢く指も数が増やされる。
「あ、…」
前と後ろを同時に責められる。
強すぎる刺激に耐えながら、右手を喪助の下に伸ばそうとした。
だが、その手はつかまれ、喪助の首に戻された。
「お前は何もしなくていい」
そして、頭を下げた。
「んん…」
全部含まれた。
生あたたかい感触に包まれる。
「や、…」
舌が絡みついてくる。
快感が脳天まで駈けぬける。
耐えられそうにもない。
「ひ、ひっ」
恥ずかしげもなく声を出して達してしまった。
喪助は身を起こした。
オレを膝の上に乗せる。
息を吐く。
次に襲ってくるはずの衝撃を予想して身構える。
すこしずつ入り込んでいく。
ゆっくり、ゆっくりとじれったいほどの動きで。
内側をすべて喪助で満たされた。
ふたりのからだから汗が滴り落ちている。
喪助はオレの髪を撫で、頬や額に口付ける。
そして囁く。
「動かすぞ」
オレがうなづくのを確認してから、やはりゆっくりと動かした。
熱で麻痺しているのだろうか。
不思議なほど苦痛がない。
代わりにあたたかなものが体中に広がっていく。
喪助のぬくもりだ。
喪助のぬくもりを分けてもらっている。
「死にゃしねえ」
耳元で喪助が言った。
「オレがいる」
「うん」
オレは死なない。
この腕がある限り、オレは死なない。
何度も揺すり上げては落とす。
熱い。
頭の中もからだも。
心地よい熱に浸されている。
達したかどうかわからない。
そんなことはどうでもよかった。
突然力が抜けた。
全身の骨がバラバラになったような気がした。
崩れていくオレを、喪助はしっかり抱きしめていてくれた。
3
目が覚めると、あたりはもう暗くなっていた。
「喪助」
掠れていたがしっかりと声が出た。
首を動かして探す。
喪助はいない。
ふと、自分のからだを見る。
着物にはすこしも乱れがない。
情事の跡などどこにもない。
「ああ」
夢だったんだ。
あんなへんな夢を見たのが恥ずかしく、莚の床の中でひとり赤面する。
からだの節々はまだ痛いが、頭は楽になっていた。
胸の傷跡を押さえてみる。
痛みはない。
喪助のおかげだ。
あれが夢でも、現実でも、喪助の元気を分けてもらったのだと思う。
オレは再び目を閉じた。
喪助が傍にいるときのように安心していた。
大丈夫。まだ生きられる。
お前がいるんだから死ぬわけがないだろう。
微熱ももう長くはオレを苛まない。
きっと、明日には良くなっている。
おしまい