夢一夜

「みんな心配してるだろうなあ」
「まあな」

ここは、冬の山。
ふたりがいるのは山小屋である。
当然寒い。暖房はない。
二人は両手を擦り合わせて震えている。

葉と阿弥が通う武井学園では毎年一月にキャンプをする。
季節はずれなのはからだを鍛えるためだ。
男子校なのである程度仕方がないとみんなあきらめている。
山に登り、テントを張る。
そして数人一組の班を作ってオリエンテーリングをするのが恒例である。

「やっぱ、雪山で遭難ってのはまずいよな」
「なんでそんなにのんきなんだよ。死んじまうかもしれないのに」
葉はへらへら笑っている。
「大丈夫。なんとかなるって」
「もう、お前は」

現在の状況はご覧の通り。
葉と阿弥の方向音痴コンビは途中で見事に迷った。
折り悪く、雪が降ってきた。
あとはお約束。

さんざん歩き回った末にようやく小屋を見つけたが、通信器具もない。
もっとも、あったところで二人に使えるかどうかははなはだ疑問だが。
仕方なく小屋中を探してようやく見つけたかびくさい毛布に二人で包まって救助を待っている次第である。

阿弥がくしゃみをした。
「お前も寒いんだ」
肩を抱くと、阿弥はびくっと震えた。
「いきなり触るな」
「こうするとあたたかくなるだろ」
有無を言わさず包み込む。


阿弥のからだはどこもかしこも細くてたよりない。
同じ年なのに、葉のほうがずっと肉付きがよい。
葉は荒れた手を自分の両手で挟んで擦ってやる。

握った手が、すこしあたたかくなった。

葉は提案する。
「なあ、あたためあおうか」
阿弥はへんな顔をした。
「普通、男同士じゃしないだろ」
「そんなこと言ってられないだろ。死んじゃうぞ」
葉はオーバーを脱ぐ。マフラーも、セーターも。
阿弥もしぶしぶといった様子で葉にならった。

ふたりとも下着一枚の姿になった。
冷たい風が素肌にしみて、あわてて毛布を被る。

毛布の中で腕を絡め、互いのからだを密着させる。
しばらくふたりでじっと息を殺していた。
次第に体温が混じり合ってくるのがわかる。

「な、あったかいだろ」
阿弥はこくりとうなづいた。

阿弥の体温は心地よい。
目を閉じて、はじめて感じる人肌の温もりに身を任せる。
そうしていると葉はうとうとしてきた。

「なあ、阿弥」
「なんだよ」
「今度は眠くなってきちまった」
「よせよ。死んじまうだろ」
「でも、眠い」
「ばか。起きろ」
阿弥はうとうとする葉をひっぱたく。
それでも葉のまぶたはくっつきそうだ。
「ばか。死ぬぞ」
「おやすみ、阿弥」
「葉…、も…、仕方ないなあ…」



「ん」
葉は目を開けた。
阿弥のまつげが近くに見える。
「なにやってんだあ」
「目が覚めたか」
阿弥はばつの悪そうな顔をした。
「チューしてくれたんか、お前」
「うるさい」
頬を染めてうつむく顔がかわいい。
状況も忘れて、葉は楽しくなってしまった。
むらむらと悪戯心が起こる。

「な、続きやってみねえ」
「え」
「おもしろいかもしんねえだろ」
「やだ」
「しないと、オイラ寝ちゃうぞ」
「もう、お前は」
阿弥はおおきな目でじろりと葉を睨み、おおげさにため息をついた。
「ちょっとだけだぞ」
「おし」
噛みつくように首筋にキスをする。
「くすぐったい」
阿弥は肩をすくめてくすくす笑った。

脱いだ衣服の上に阿弥を横たえる。
無防備な白いからだに見入る。

間違いなく自分と同じからだだ。
でも、多分、今の葉にはどんな少女のからだよりいとしく見える。


なだらかな胸。
ちいさな突起を指先でつまんでひねり上げる。
きゅっ、きゅっ、と刺激を繰り返しているうちにすこしだけ膨らんできた。
そこに舌をつけて舐め上げる。

白いからだがうっすらと汗をかいている。
葉も寒さを感じなくなってきている。

てのひらでお腹をさする。
わき腹、脚へと感触を確かめながらたどっていく。
「よっと」
猫の子を扱うように阿弥をひっくり返した。
背中をたどり、お尻へと移動する。
そこもすべすべしてやわらかかった。
お尻の奥の蕾に指を当ててさする。
「や」
阿弥はお尻を引いた。
「どこ触ってんだよ」
「お前の」
「言うな、ばか」
葉は笑った。
「お前、かわいいなあ」
阿弥は身を起こそうとした。
「もうやだ」
「なして」
「オレ、男だよ」
「知ってるぞ」
「こんなのへんだよ」
「ばか。緊急事態だぞ。そんなこと言ってられるか」
いつにない迫力に阿弥は絶句している。
その間も葉の手はお尻を撫で撫でしている。
蕾にほんのすこし指を挿入してみた。
「痛いか」
「痛くないけど」
不安そうな声で尋ねる。
「なんでこんなことするんだ、葉」


オイラたち男同士だから、普通のエッチはできねえけど。
なにかに書いていた。
アナルセックスというやつなら、できるかもしれない。
どうやるんだっけ。
たしか。


「阿弥、ちょっとお尻上げろ」
「なんで」
膝をつかせ、お尻を突き出させる。
「ほんと、かわいいな、お前」
目の前にある、まるくてやわらかいお尻を両手でつかむ。
指をかけて押し開くと、ちいさな蕾が見えた。
葉はそこにためらいもなく顔を寄せた。

「やっ」
悲鳴に近い声が上がった。
「やめろ」
阿弥はそれ以上近づけまいと、力を込めて葉の顔を引き離そうとした。
あばれるからだを渾身の力で押さえ込む。
「じっとしてろ」
「あ」
背中がそる。
葉は蕾にぴたりと唇をあてて吸った。


そんなところを舐めるなんて汚いのに。
ちっともいやじゃない。
むしろすごく興奮する行為だと思った。
葉のお腹の下はもう痛いくらいになっている。


阿弥のお尻が震えている。
きっと、恥ずかしさで顔から火が出る思いなのだろう。

葉の舌は蕾の周辺をたっぷり潤し、徐々に中心部に向かう。
「はあ…」
阿弥が甘い息を漏らした。
舌が侵入してきたのだ。

葉は舌をゆっくり出し入れした。
「ん、ん、」
そのたびに細い背中がそり、びくびくと痙攣した。
舐めながら、右手を前に回す。
阿弥のちいさな性器がそれでも健気に膨らみきっている。
握り込んで、やさしく扱いてやった。

「あ、あ、」
前と後ろを同時に攻められて、阿弥はひとたまりもなかった。
切ない、獣のような声を上げると大きく震えて果てた。



阿弥の息はまだ整わない。
「葉、もう離して」
「だめ」
十分に潤ってやわらかくなったそこに指を押し当てる。
なんなく、根元まで納まった。
中で掻き回す。
「ひ、」
呼吸の詰まる音が聞こえた。

空いた手で果てたばかりの部分を揉む。
そしてゆっくり引き抜き、また挿入する。

「う、う、」
詰まっていた呼吸があえぐ音に変わっていた。
「良くなってきたんだな」
葉は口元をゆがめる。
この愛撫は的をはずしていない。

ゆっくりと入れて、引き抜く。
そしてまたゆっくりと沈める。
その繰り返し。

ゆがて阿弥は耐えきれなくなったらしい。
ばったりと気を失ったように上体を落とした。


「よくがんばったな」
背中がふるふると震えている。
「すぐ済むから。もうちょっと辛抱しろよ」
葉は指をはずした。
かわりに張り詰めた自分自身を押し当て、腰を沈めていく。
一気に阿弥の体が硬直した。
「あうう」
苦痛から逃れようともがき出す。
それを押さえつけてぐいぐい進んでいった。

阿弥の体内は熱い。
痛いくらいの締め付けに長くは耐えられそうもなかった。

腰を抱えてこれ以上は無理、というところまで入るとそこで迷わず射精した。


阿弥はぐったりと目を閉じている。
さすがの葉も後悔していた。
ここまでするつもりはなかった。
ただ、抱きしめたくて、からだの感触を確かめたくて、そして。

ああ、やっぱり、こうしたかったんだ。

葉は笑った。
なさけなく思ったが、してしまったことは仕方ない。

もう一度、阿弥の顔を見た。
頬が綺麗に紅潮している。寝息もやすらかだ。
葉は阿弥の服を着せてやると、自分も身なりを整えてちいさなからだに重なった。

大丈夫。きっとなんとかなる。


「葉」
「あ」
「目が覚めたか。良かった」

まだぼやけた視界に見覚えのある顔が入ってくる。
担任のシルバだ。

首を振って、ゆっくりと周囲を見まわす。
殺風景な風景が入ってくる。
どこかの医務室らしい。

「阿弥も無事だ。本当に良かった」
涙もろいシルバは顔をくしゃくしゃにして喜んでいる。

黙っていればけっこうかっこいいんだけどなあ。

葉は他人事ながらそう思う。

「泣くなよ、センセ」
「うん。本当に」
激しく上下する広い背中を撫でてやる。
どっちが年上だかわからない。

シルバが泣き止むと、葉は尋ねた。
「センセ、阿弥はどこ」
「会いたいか。よしよし」
シルバは葉の手をとって起きるのを手伝ってくれた。


医務室かと思ったら、そこはちいさな病院だった。
多分、キャンプ場の一番近くにある病院なのだろう。

病室のドアをふたつ通り過ぎる。
そして、シルバは足を止めた。
「阿弥、入るぞ」
一声かけてからドアを開いた。

「葉」
ベッドの中で阿弥が顔を上げる。
思ったより元気そうだ。

「気がついたか」
枕許にはジャージ姿のままの喪助がいた。
ちょっときつい顔で葉を睨む。
葉がそそのかしたせいでこんなことになったと思っているらしい。

当たってなくもない。

葉は「すまんな」の意味の笑顔を浮かべつつ、頼んだ。
「悪い、ちょっとだけ二人にしてくんないか」
喪助は黙って腰を上げて、シルバとともに部屋を出た。

葉はおそるおそる、ベッドに近づいた。
「あのさ、阿弥」
いつになく歯切れが悪いのはさすがに気まずいからだ。
阿弥はどうでもよさそうな顔で促す。
「なんだよ」
「あのことなんだけど」
「内緒にしとけってんだろ。わかってるよ」
阿弥は葉の顔を見ようともしないでつけつけと言った。
「でも、お前」
「いいよ。べつに」
「いいんか。ちっともよくないぞ」
「うるさい」
ぴしゃり、とつっぱねる。
「あんまりうるさいと、アンナに言いつけるぞ」

怖いもの知らずの阿弥はアンナを恐れない。
前に遊びに来たとき、ふたりはなぜか意気投合した様子だったのを思い出し、慌てた。

「それは困る」

疑われただけでも大騒動になるくらいだ。
実際に浮気したとなれば惨劇が起こるのが目に見えている。

「だったら、もう終わりだ。オレだって困る」


本当に、いいのか、それで。
葉は少しだけさみしかった。


シルバには叱られなかったものの、家に帰るとアンナの雷が待っていた。
アンナは命令する。
「罰として一ヶ月間夕食当番」
「はい」
「ついでに食器と洗濯物も片付けて」
「はい」
葉はいつものように素直にしたがった。


「あーあ、こんなに溜め込んで」
洗濯機の前で、葉はため息をついた。
「アンナのやつ。最初からオイラに押しつける気だったんだな」

それでも本人に文句は言えない。
これから先長い年月をアンナとこうやって生きるのかと思うと、頭がずきずきしてくる。

汚れ物をひとつひとつ点検しながら洗濯機に押しこむ。
キャンプのときに葉が履いていたジャージのポケットに何か入っている。
引っ張り出す。
それは、オリエンテーリングで使った地図だった。

ポケットに入れっぱなしになっていたのだ。

丸めてごみ箱に捨てようとして、やめた。

この上で、ふたりは抱き合った。

綺麗にたたんでシャツのポケットにしまう。

そうしていると阿弥の温もりが、ほんのすこしだけよみがえってきた気がした。


おしまい