花園2

1
「べつに、偏見はないけどね」
リゼルグはしかめ面で言った。
「君が女の子だってことは、神への冒涜だと思うよ」

喪助は修身の時間をサボって阿弥と逢引をしていたのだ。

ここはミッション系スクールである。
生徒たちの中には敬虔なキリスト教徒も多い。
そのひとりが、喪助のルームメイト、英国生まれのリゼルグなのだ。

「生めや増やせやってのは、今じゃ困るだろ」
「まあね。でも自然の摂理だよ」
「オレみたいのは不自然か」
「ボクはそう思う」

確かに自然ではない。
でも、誰にも迷惑はかけていない。
まあ、相手には少々悪いかもしれない。
相手の親にも申し訳ない。
しかし、不幸な結婚をしてかわいそうな子供を作るより
はるかにましだと喪助は思う。

さて、前回の一件でめでたく付き合い始めた喪助と阿弥であるが。
二人の前途は多難だった。
同性であるがゆえの悩みなどというという高尚なものではない。
二人にはデートの時間がないのだ。
夏休みに入っても、阿弥は毎日部活で忙しかった。
しかし、喪助はめげない。
弁当を持ってまめに見学に行く。
かわいい恋人の勇姿を見に。

2
まだ新しい第二体育館は剣道部の貸し切りだ。
いさましい掛け声と竹刀が風を切る音が飛び交う。
防具に身を固めた生徒たちが二人一組で対戦している。
その中で一番背が高く動きがいいのが阿弥だった。
阿弥の強さは素人の喪助の目でもはっきりとわかる。
相手の攻撃を軽やかにかわし、鋭く突く。
そのたびに気持ちのいい音が響き渡る。
喪助のほかにも阿弥目当ての少女が数人いて、その方向から歓声が上がる。
シャーマン学院の剣道部はインターハイに出場したこともある強豪である。
その中ですでに抜きん出ているのだからたいしたものだ。
今年は優勝を狙えると顧問の先生が言っていた。
もちろん主将は阿弥である。
喪助は鼻が高い。
さすがはオレの阿弥。
それでこそこのオレにふさわしいってもんだ。

練習が終ったときには外はもう暗くなっていた。
「よ。お疲れさん」
着替えて戻ってきた阿弥に声をかける。
「お前、まだいたのか」
昼ご飯を一緒にとってから八時間。
阿弥は喪助の存在に気づいてなかったようだ。
それくらい集中していたのだ。
剣を持っている間は人が変わる。
「先に帰っていればいいのに」
態度はぶっきらぼうだが心底すまないと思っているのがわかる。
「オレが好きで待ってたんだ」
「もうどこにも行けないぞ」
「じゃ、オレの部屋にこいよ」
せっかくの夏休みを一日つぶしてしまった罪悪感があるのだろう。
阿弥は素直にうなづいた。

3
学園から10分ほど歩けばシャーマン学院自慢の学生寮がある。
学生寮なんて四人部屋か、良くても三人部屋なのが普通だが、ここは二人部屋である。
しかも、全室バス・トイレ付き。
もちろん朝晩栄養の行き届いた食事も出る。
喪助は今年で五年、この寮の住人になっていた。

「そんな勝手な」
しばらく部屋を開けてくれと頼むと、
思ったとおり、リゼルグは露骨にいやな顔をした。
「悪い。今度埋め合わせするから」
「君みたいな趣味はないよ」
ぶつぶつ言うリゼルグを追い出す。
「いいのか」
「いいんだよ」
あとでさんざん文句を言われるだろうが、そのときはそのときだ。
阿弥の背中を押し、後ろ手で鍵をかけた。
「なんの真似だよ」
阿弥はいぶかしがる。
既に逃げ腰になっている。
「気にすんな」
逃走予防に阿弥のバッグを取った。
阿弥はしぶしぶスリッパを脱いで部屋に上がった。

阿弥は部屋を見まわす。
「結構きれいだな」
左右対称にベッドとデスク。
壁の側面にある木製の大きな本棚には、ぎっしり本が並んでいる。
家具はすべて白に統一され、カーテンはピンクで少女らしい。
「ほとんどリゼルグの趣味だけどな」
「そうだろうな」
ちょっと憎らしく思いながらもうひとつのドアを開ける。
「こっちがバス」
タイル張りの浴室も白一色だ。
「ずいぶん贅沢だな」
「まあな」
そこでちょっと口調を変えた。
「使ってくか」
阿弥が妙な顔をする。
「急いでたからシャワー使ってないだろ」
喪助はあくまでも親切面で言った。
「オレも入るから」
バスタブは申し訳程度の広さだが二人で入れないこともない。
阿弥は今度ははっきりといやな顔をする。
「なんにもしねえよ」
「信用していいのか」
「やだなあ。ひとを痴漢みたいに」
「似たようなもんだろ」
確かにそのようなこともしたが。
「下着ならオレのやるよ。まだ履いてないのを」
タンスの一番下の引出しを開けて呼ぶ。
「どれがいい」
阿弥はしぶしぶといった様子で覗きこんだ。
そして、顔をしかめる。
「お前、こんなん履いてるのか」
黒やらレースの透け透けやら。
大人の女を演出するものばかりだ。
喪助はえらそうに言った。
「いい女は下着に金かけなきゃ」
「中身が負けるだろ」
「お前、それは失礼だぞ。見たこともないくせに」
「見たくない」
「なに。このナイスバディに興味がないと言う気か」
「全然ないな」
憎まれ口をたたきつつ、阿弥は一番無難と思われるグレーの無地を選んだ。
「じゃ、行こうぜ」
喪助が先に立って脱衣場に案内する。
阿弥はおとなしくついてくる。
ここが、阿弥の無防備なところだ。
あんなことをした相手の部屋で風呂を使う。
それは鴨が葱をしょって鍋に入るようなものなのに。

やっぱり根っからゲイというわけでもないのかな。
こいつの泣き顔とか、すねた顔とか見ると、むらむらと悪戯心が起こるけど。
ほかの女には泣かせようと裸を見ようとなにも感じないし。
自分の変態ぶりは、阿弥限定なのだと思う。
その阿弥は今、しなやかな裸体を晒している。
喪助に前を見せるのはためらわれるらしくずっと後を向いているが、
この後姿がいい。
ウエストのすぐ下からヒップが始まっている。
安定感があって、そのくせ中華料理の点心に入っているえびのような
プルプルした瑞々しさがある。
やっぱり鍛えている子のお尻は違うと思う。
喪助は悦に入っていた。
男なら、この尻みたらたまらなくなるだろう。
ちょっと襲ってみようか。
肩をつかむ。
「なに」
振り向きざまに壁に押し付ける。
「う、」
口をふさがれて阿弥は苦しそうにうめく。
喪助は構わず、舌で口中を掻き回した。
「はあ」
ようやく開放された阿弥は、大きく息をつく。
息が整うと、喪助を睨みつけた。
「うそつきめ」
「キスくらいいいじゃん」
阿弥は乱暴にドアをあけてバスルームを飛び出した。
喪助も下着だけはつけて、後を追う。

阿弥は濡れたからだのまま、制服を着ていた。
バッグを取る。
「帰る」
「待てって」
襲いかかり、べッドにダイビングする。
「な、遊ぼうぜ」
「いやだ」
即答である。
「いいじゃん。減るもんじゃなし」
「お前のそういうところがきらいだ」
顔を背ける。
「あんなの、2度とごめんだ」
「そんなにいやだったか」
「当たり前だ。オレだけあんな、恥ずかしい思いをさせられて」
みるみる真っ赤になる。
喪助は提案する。
「じゃ、お前がするか」
「オレにはお前のような趣味はない」
何回このせりふを言われるのだろう。
「じゃあ、やっぱオレがやる」
制服の上着を捲り上げる。
「こんなことして、なにが面白いんだ」
「そりゃあ、阿弥のかわいいとこが見れるからだよ」
耳に口をつけてささやく。
「いい声、また聞かせてくれよ」
阿弥は真っ赤になった。やっぱりかわいい。
「今日はオレも脱ぐからさ。そしたら恥ずかしくないだろ」
そう言って返事もまたずにせっかくつけたブラジャーのホックをはずす。
ぷるん、と豊かなバストがまろびでる。
阿弥はそれを横目で見ていた。
そしてうんざりしたような声を出す。
「自分の触ってろ」
「そんなのつまんないじゃん。お前のがいいよ」
「お前のほうがずっと立派じゃないか」
「オレはちいさいのが好みだ」
両手で膨らみをわしづかむ。
「手の中に収まる感じがたまらないんだよ」
「失礼だぞ」
「こいつもそのうち大きくなるって。オレが協力してやるよ」
やわやわと揉む。
阿弥が身をくねらせた。抵抗しているつもりなのだろうが、相手を煽るだけである。
喪助はもちろん挑発にのった。

しなやかなからだ。長い手足。
先ほど見たばかりなのに、ベッドの上だとまた違う趣がある。
やっぱり、こうしてかっこいい裸を前にすると、女でもへんな気分になるなあ。
オレだけかもしれないけど。
いや、多分オレだけだろうけど。

下着を抜き取ってしまうと、膝に手をかける。
力を込めて押し開く。
「あ、いや」
泣き声が耳にここちよい。
「見るな、ばかっ」
脚をばたつかせる。
そうそう、そうやって泣いてはじらってくれればくれるほど興奮する。
やりがいもあるってもんだ。
湿った内股を撫でる。からだがぴくりと震える。
この反応。すばらしい。
背筋にぞくぞくとくる。
では、拝見するか。
パン、パン。
拍手を打って覗きこむ。

「これが、お前の」
目の前に広がる未知の世界に見入る。

以前、ピリカとアメリカのヌード雑誌をみながら交わした会話を思い出す。
「男の猥褻物はキタナイからきらいだ」
「女のだってキタナイじゃん」
「阿弥のは絶対キレイだ。賭けてもいいぞ」
「あんた、そんなの賭けられても。どうやって確かめるのよ」

確かめさせていただきました。
想像していたのと違うが、さりとて醜いわけでもない。
賭けは半々、といったところか。

喪助はそっと指先を近づけた。
可憐なそこはすこし触れただけでほころんで蜜を零す。
「うっ、うっ」
阿弥は両手で顔を覆って泣いている。
「喪助え」
今にも死にそうな声を聞くとさすがに気の毒になった。
よしよし。
「お前はここもかわいいぞ」
「ばか。そんな、かわいいはずない」
「そんなことない。すごく綺麗で美味しそうな色をしてる」
「ば、あっ」
かわいい悲鳴が上がった。
喪助がそこに口をつけて吸ったのだ。
「やめろ」
膝を合わせようとするのを両手で押しとどめる。
蜜に舌を浸し、下から上へ舐め上げる。
「あ、あっ」
背が反り返る。
喪助は顔を上げ、にやにやしながら言った。
「すげえ声だな」
阿弥は慌てた様子で口をふさぐ。
「もっと聞かせろよ」
もっと狂わせようと、容赦なく一番の泣きどころを吸った。
吸いながら、舌先でくすぐると、感に堪えないような声が聞こえた。
次第に腰が浮き上がり、がくがく震えていく。
やがてつま先が伸びきって硬直した。
濃い感触の蜜が溢れ出す。
「あうう」
「もういっちまったか」
口元を拭って顔を覗きこむ。
阿弥は両手で顔を覆って、喪助を拒んだ。
枕に顔を埋めて、呼吸を整えている。
背中が激しく上下している。全身汗だくになっている。
そんなに良かったのか。そのうちオレもしてもらおう。
などとのんきに考えていると枕が飛んできた。
不意をつかれて思いきり食らってしまう。
パンチでなくて良かった。
「変態」
「いきなりそれはないだろ」
「変態だとは思ってたけど、ここまでひどいとは思わなかった」
「なんでだよお」
「自分がしたこと考えてみろ」
「あー、口でしてやったことか。あれくらい普通するだろ」
「なにが普通だ」
すでにサイドテーブルの上の時計に手がかかっている。
まずい。
「それはよせ、阿弥ちゃん」
慌てて取り上げる。
こんなものを食らったら病院送りは免れない。
「お前は」
阿弥は大きな目からぽろぽろと涙を落とす。
「最低だ」
喪助は困った。
いじめるのは楽しいが、本気で泣かれると弱い。
もともと委員長タイプの喪助にいじめっ子の素質はないのだから。
「なあ、泣かないでくれよ」
「さわるな。変態」
「変態じゃないぞ。お前だからこんなことしたいだよ」
「オレたち女同士じゃないか」
「それがどうした。お前はオレが幸せにする」
「結婚できないぞ」
「それでも幸せにする」
喪助は胸を張って言う。
「お前ひとりくらいオレが養ってやる。
安心しろ。どんな男より幸せにしてみせる」
「喪助」
あまりに自信に満ちた態度に阿弥は呆れ顔だ。
「まあ、子供はできねえけど、
オレたちが大人になる頃にはクローンだってできるかもしれないし」
「気色悪いことを言うな」
眉をしかめる。
それでも機嫌は直ったようだ。
「な、許してよ、阿弥ちゃん」
ここぞとばかりに喪助は甘えた声を出す。
「アイスおごるから」
「いらない」
「ケーキ食いにいこうか」
「そんなのいかない」
子供をあやしているようだ。
なんだかんだ言ってはいても、質より量の阿弥は三日分の昼飯を注文した。
とりあえず、それがカタがついた。

ベッドを降りると、無造作に落としたままのグレーの下着が目に付いた。
「またびちょびちょにしちまったな」
再び枕が飛んできた。
今度はよけた。
喪助はタンスから一番セクシーな黒のランジェリーを取り出す。
「ほら、オレのプレゼントだ」
そう言って、阿弥の足首に通してやる。
「やめろ。自分で履く」
阿弥は顔を赤らめながらも、それを引き上げた。

送ってやると言ったが、阿弥はひとりで帰ると言い張った。
「オレは強い。お前の方が心配だ」
喪助はにやにやする。
「おやすみ」
頬に軽くキスして別れた。
阿弥はいやがらなかった。

ふたりがこんなことをしていた時間、リゼルグは自習室で過ごしたらしい。
不機嫌極まりないといった顔で帰ってきて、喪助を見たとたん、がっくりとうなだれた。
「あんまりうれしそうにしないでよ」
「いいじゃん。好きなやつと好きなことしてなにが悪い」
リゼルグはため息をついた。
「君の神経は理解できないよ」
「日本人だからな」
「日本人でも君みたいなひとは珍しいと思うけど」
「いい女は他人とは違うものだ」
「ふうん」
喪助はベッドに寝そべった。

そんなはずはないが、まだぬくもりが残っている気がする。
阿弥がのぞむのなら本当にクローンでもほかの違法行為にでも手を出していいと思う。
リゼルグに言ったら卒倒しかねない。
確かに神への冒涜もはなはだしい。
でも、日本人だし。
八百万の神々は一個人の恋愛くらい見逃してくれるだろう。


おしまい