イジワル

彼女は聞く。いつものように。
「もう、いいかい」
「ああ」
けだるい声が帰ってきた。
リゼルグはドアを開ける。
 
「お帰り」
ベッドの上で、この部屋のもう一人の主が言った。
 
リゼルグの姿をみとめると、彼女は膝の上の本に目を落とした。
 
頬が紅潮している。
秀でた額に玉のような汗が流れている。
 
(こんなにクーラーを効かせているのに)
 
リゼルクはそのわけを知っている。
 
彼女の相手は可愛い少女だ。
 
はじめは驚いたが、嫌悪感はなかった。
男を連れ込まれるよりはずっといい。
 
隣り合わせのベッドに横たわり、彼女の横顔を見る。
 
タンクトップが胸の大きな膨らみを誇示している。
紛れもない女の体。
女の匂い。
 
この部屋には二人分の。
 
宗教的な禁忌は、生の感情には勝てないと思った。
 
上気した頬。
 
(まだ余韻が残っているのだ)
 
普段より赤い唇。
 
(恋人との口付けに濡れたのだろう)
 
黒い髪の張りついた首筋。
 
(ここにも触れたのだ)
 
くっきりと浮かぶ濃紫の花びら。
 
リゼルグは身を起こした。
顔を寄せて、その痣ごと首に噛みついた。
 
「わ」
彼女が飛びのく。
「なにしやがんだ」
「いいじゃない」
 
リゼルグは口の端を上げた。
 
「慣れてんだから」
 
彼女は怖いものでもあるかのようにリゼルグを見ている。
 
「お前、へんだぞ」
「いいじゃない」
 
リゼルグは繰り返す。
 
「これくらいは」
 
喪助の眉がすこしだけ潜められた。
黒々とした目に、ある感情が宿った。
 
リゼルグは目を伏せる。
 
顔を上げたとき、喪助は笑っていた。
 
「迷惑料だな」
 
リゼルグも笑う。
 
「わかってるじゃない」
 
きっと、理解は永遠に出来ない。
リゼルグ自身にすらわからない。
 
「もう一回くらいくれてもいいんじゃない」
「そうだな」
 
二人はキスをした。
 
恋人にキスしたばかりの喪助の唇は、思ったよりも好ましい味がした。
 

おしまい