ガールズ・ライフ

阿弥は怒っていた。

一月も前から、今日はプールに行こうと約束していた。
阿弥は朝連を早く切り上げ、約束の時間より一時間早く喪助の部屋を訪ねた。
喜んでくれるだろうと思ったのだ。
なのに。

喪助ときたら。女の子を連れ込んでいた。

阿弥は息を呑んだ。
「おう、早かったな」
喪助の足元に、金髪の少女がひざまづいていた。

少女の名はマリオン・フィオナ。
何かの雑誌に出ているという噂の美少女だ。

喪助は彼女にペディキュアを塗ってもらっていたのだ。
マリオンはすぐに部屋を出ていったが、阿弥の気持ちは納まらない。

オレがいなければ、お礼のキスくらいしてやってたかもしれない。
そう思った途端、頭に血が上った。
「馬鹿」
阿弥はバッグを投げつけた。
喪助は寸前のところで受け止める。
「危ないじゃないか」
「うるさい。スケコマシ」
大声を上げる。
「リゼルグがいないからって、早速女連れ込みやがって」
「怒ると美人が台無しだぞ」
いつものことながら、喪助はさらりとかわす。
「支度してもらったてただけだよ」
「支度だと」
阿弥は喪助を睨む。
脚だけではない。手の指も綺麗に塗られている。
根元が白。爪の先にはブルー。
夏の海をイメージした新色ですって感じ。

そして顔に視線を移す。
つやつやしたオレンジ色の唇。
目許がほんのりと白い。
上まぶたには青いラインまで入れてある。

「化粧が身だしなみか」
「いいだろ。オレだって女なんだから」
「ふうん」
阿弥は不機嫌さを隠さない。
なのに、喪助はのんきなものだ。
「マリは上手いぞ。お前もしてもらうか」
よくそんなことが言えるものだ。
阿弥は厳しい声で要求する。
「落とせ。オレがしてやる」
「やだよ。お前下手そうだもん」
反論できない。

その綺麗な爪を見るたびに、マリオンの熱心な横顔が目の前にちらつくだろう。

顔と爪を取られた。
髪を今風にセットするなんて、阿弥には無理だ。
ほかにはないのか。ほかに。

今日行くところは。

阿弥は口の端を吊り上げた。

そうだ。これがあった。

「剃らせろ」
「どこを」
阿弥は人差し指を立てる。
その指をまっすぐ下に向けた。
「げえっ」
喪助の顔が引き攣る。
「冗談だろ」
「本気だ」

ほかのところはお前がやつに与えてしまったんだ。
そこしか残っていないじゃないか。



喪助は何故もてるのだろう。
下級生の子が言ってた。
「頭良いのにちょっぴり不良。そこがいい」んだって。
教師に対しては毅然としているのに後輩には優しいからとか。
(嘘つけ)
阿弥は知っている。

本当は教師が嫌いなだけ。
生徒に甘いのは女の子が好きだからだ。

だからって喪助の価値が落ちるわけじゃない。
余裕綽綽と言った態度の喪助はやっぱり格好いい。
阿弥から見ても。

憎らしいお前。


喪助はバスタブの縁に腰を下ろす。
下だけ脱いだ格好がなんとなく倒錯的だ。

剃刀と洗面器を用意して、阿弥はひざまづいた。
「足、開け」
「本当にするのか」
柄にもない弱弱しい声だ。
阿弥は怖い顔で睨んでやる。
「女連れ込んだ罰だ」
喪助はいかにもしぶしぶといったようすでしたがった。
つややかな繊毛が、阿弥の目の前に晒された。

阿弥はさらさらしたそれを撫でる。
喪助は阿弥のそこを「猫ちゃん」と呼んでいる。
銀色の綺麗なシャムネコだと。
ならば、喪助は上品な黒猫だ。
わがままで誰にもなつかない、
阿弥だけが触れることを許された気位の高い猫。

ボディーソープを泡立てる。
甘ったるいオレンジとピーチの匂いが浴室を満たす。
阿弥はそれを猫の毛にまんべんなく塗りつける。

「気をつけてくれよ」
喪助が怖そうな声を出した。
「任せとけって」
刃を当てる。

あの子が見つめる。撫でる。息を吹きかける。
なんてエロチックな行為だろう。
いやらしい。
気づかなかったとは言わせないぞ。
あれは特別な行為だ。

簡単に触らせるな。
お前はオレのものだ。


左手で皮膚を伸ばしながら、丁寧に刃を動かす。
泡の間にまるい丘が浮かび上がってくる。
そしてもっともプライベートな部分も。
阿弥はあますところなく見ている。

慎重に、慎重に。

喪助は身動き一つしない。
恥ずかしいのと怖いのと両方が混じった表情で、ずっと横を向いている。

「よし」

剃刀を洗面器の中に置く。
あたたかな湯で泡を流した。
「見てみろ」
喪助は足を閉じようとしたが、力を込めて押しとどめる。

「お前なあ」
喪助は顔をしかめる。
阿弥は産毛すら許さずすべて剃り上げていた。

「これじゃ風呂に入れないだろうが」
泳いだ後は温泉でくつろぐのが定番である。

阿弥は想像して吹き出した。
確かに、喪助の体でつるつるだったら変だ。

「見せなくていいんだよ。オレのなんだから」

喪助は目立つ。どこにいっても。
あの大胆な水着をきたら、みんなが見るだろう。
見せびらかすより独りじめしたい。

阿弥は笑いながら囁く。
「毎日剃ってやろうか」
喪助が眉を上げる。阿弥はその膝をつかむ。
「そしたら誰にも見せないだろ」
なおも閉じようとする脚をぐいと開く。
隠すものがないから良く見える。
赤ちゃんみたいになったそこをじっくり見てやる。
小高い丘を撫でまわす。

「猫ちゃん、つるつるになってかわいそうだな」
「お前がしたんだろうが」

桃色の筋に指を這わせる。
すこし潤んでいるのを確かめてから滑り込ませた。
「おい」
半分ほど沈めると、指を曲げる。
ゆっくりと動かす。

喪助のまつげが伏せられる。
歯を食いしばって耐えている。

「喪助、あの子」
「マリか」
愛称で呼ぶな。
阿弥はさらに強く抜き刺しする。
「好みなんじゃないか」

石鹸ではない滑らかな感触が指を伝う。
それを絡め、さらに奥へもぐらせる。

「お前は胸もお尻も小さいのが好きだもんな」

ふんだんにフリルをあしらったロリータファッションがこんなに似合う子はいないだろう。
肌はツルツル。髪はサラサラ。
少女服のモデルらしく、凹凸がほとんどないからだつき。

「胸をさすったり、尻を撫でたりしたいんじゃないか」
「アホか」
頬を染めながらも、喪助は心底あきれた顔をした。
「お前の胸だから揉んだんだし、お前の尻だから撫でまわしたんだろうが」
「そうか」
阿弥は指を抜いた。
「そうだと思ってた」
伸び上がってキスをする。

舌を伸ばして喪助の唇を舐める。
甘い。
オレンジの味だ。
次はまぶたに。

簡単に触らせるな。
お前はオレのものだ。

「お前は」
喪助は目を閉じてされるがままになっている。
「結構やきもち焼きか」
「知らなかったか」
まぶたを甘く噛む。
「化粧なんかするな。
オレの匂いだけつけていればいい」
「欲張りめ」
喪助は笑った。
まだすこし色の残った唇で、阿弥にキスをする。
舌が絡み、唾液が絡み合う。
いつしかオレンジの味は消えていた。
それでもなお、ふたつの唇と舌は離れない。

「喪助」
キスの合間に、阿弥は囁いた。
「これからどんどんいい女になっていくんだろうな」
「でも、オレのもんでいなきゃだめだぞ」
「オレのじゃなくなったら、殺してやるから」

喪助も応えた。
阿弥の背中を抱きしめて、甘く低く。

「お前になら殺されてもいいよ」

その一言で、阿弥は満たされる。
胸が一杯になる。
「喪助」
もう一度キスする。
何十回、何百回でもしたい。

今日は八月十三日。
オレの喪助の特別な日。
特別な日は二人だけで過ごそうと決めた。

「好き」
「オレもだよ」

全身全霊をかけて愛している。

大事なお前の大事な日。
来年も、再来年も、オレとお前だけのもの。
まずは一回目。

「喪助、十八歳、おめでとう」


おしまい