花園 たまお編
1
とても寒い日がつづいています。
お正月気分も抜けない、今日は一月四日。
私たちシャーマン学院の二年生は、一泊二日の冬合宿に出発しました。
私には親がいません。
おさないときから女中(今はお手伝いというそうですが)として麻倉家という古い立派なお屋敷に勤めています。
この年でみなしごなんてさみしくないのか、とお思いでしょうね。
親のいない子は、私以外にもたくさんいます。
私はとてもよくしていただいています。
麻倉家のみなさんはとても親切です。
使用人の私を娘さんと同じ学校に通わせてくださいます。
アンナお嬢様は口ではきついことを仰いますが、
私に意地悪をしたことは一度もありません。
それにとてもがんばりやさんですし、見習わなければならないと思います。
もちろんさみしくないわけじゃありません。
でも、私はここにいられることがうれしいのです。
2
制服にコートを着込んだ生徒たちが次次とバスに乗ります。
席に座った私はどきどきしながらドアを見つめていました。
ああ、あの方が。
あの方がいらっしゃいました。
両手で顔を覆ってしまいたくなります。
すらりとした立ち姿。
今日もりりしいお顔。
あの方にお会いしたのはおととしの入学式でした。
とても綺麗な方だな、と思いました。
学園に綺麗な方はたくさんいらっしゃいますが、あの方に比べると模造品と
本物の宝石くらい違います。
もちろん、そう見えるのは私の目がおかしくなっていたからでしょう。
多分、あの方も普通の女の子のはずです。
高校総体で、勇姿を拝見してから。
ますます好きになってしまいました。
私にも、ひとなみに恋する季節がやってきたのです。
ほんのすこし抱いていたさみしさも、あの方を思うと紛れました。
もちろん、引っ込み思案の私には、うち明けることなどできません。
クラスメイトの中にはあこがれの君にお手紙を出したりしている方もいます。
もっと勇気のある方は直接告白するのでしょう。
私には想像もつかないことです。
お近づきどころか、まともに言葉を交わしたこともありません。
あの方は学校全体のスターです。
私ときたらクラスでも影の薄い、臆病な子です。
高嶺の花もいいところです。
ただ、遠くであの方のお姿を拝見するだけでいいのです。
そうして一年が過ぎました。
あの方に、ステディな方ができたのだと。
噂に聞いたのは去年の夏のことでした。
お相手の喪助さんは私もよく知っています。
背がすらりと高くて、頭が良くて。
私と比べると月とすっぽんです。
ああ、やっぱり、あの方にはふさわしい方が寄り添うのだと思いました。
あの方は、喪助さんと並んで座りました。
3
私たちを乗せたバスが箱根の宿に到着したときには、時計の針はもう七時を回っていました。
予想よりも立派な温泉宿でした。
中は広くてとても近代的な感じがします。
明日は朝からオリエンテーリングです。
先生が、今夜は早く休むように仰いました。
私たちは夕食を終えると、お風呂の支度をしました。
この宿には広い露天風呂のほかに大小さまざまな小浴場があります。
みなさんは露天風呂に入ります。
私はなるべくちいさな浴室を選んで入ることにしました。
同じ部屋になったアンナ様も私に付き合ってくださいました。
子供のときから一緒に暮らしているアンナ様になら
裸を見られてもそれほど恥ずかしくありません。
温かいお湯が湯船をあふれて洗い床を流れています。
浴槽はさわるとつるつるしていました。
肩までつかります。
すぐに芯から暖まり、気持ちよくなりました。
ふと、浴室の中を見回してみると、
立ちこめる淡い湯煙を透して、むこうの浴槽の中に人影を見つけました。
たちのぼる湯煙の中に、ほのかに浮かび上がるその姿。
私は目を疑いました。
あの方です。
あの方から私たちは見えません。
幸運なことに、私の方からはあの方の半身がよく見えていました。
あの方は、お体も綺麗でした。
思っていたとおりで、うれしくなりました。
柔らかな曲線を描く肩。
ちょっと控えめだけどまるくてかっこういいふたつの膨らみ。
真っ白だけど、先端だけがわずかにピンク色で。
それはそれは綺麗な胸。
見とれていたら、
「あんまり見るもんじゃないわよ」
と、アンナ様にたしなめられてしまいました。
恥ずかしくなって首をひっこめます。
あの方と、同じお湯に浸かっている。
あまりに幸運な偶然で恐ろしいほどです。
「気持ちいいぞ」
あの方の声でした。
私はどきりとします。
「早く入れ」
あの方のあとに、ひとが来たようです。
それが誰だか、すぐにわかりました。
喪助さんです。
ばしゃばしゃと派手な音がしました。
とても喪助さんらしい豪快な入り方です。
「良かったな。貸し切りだぞ」
「うん」
二人は相変わらず仲むつまじいご様子です。
しばらくすると、なんだかへんな雰囲気になってきました。
「ばか。こんなところで」
「こんなところだから楽しいんだよ」
私はいたたまれくなって、目でアンナ様に救いを求めました。
「いいんじゃないの」
アンナ様はとてもクールに仰います。
「でも」
「あんなとこでやるやつらは、見て欲しいのよ」
喪助さんはあの方を浴槽の縁に座らせました。
うれしそうに、自分の前にあの方の両の膝を持ってきました。
手をかけて、開かせます。
ああ、なんてことを。
私はさすがに目をそらしました。
喪助さんの目の前に、恥ずかしいところを全部、晒してしまう格好です。
喪助さんは至近距離で、まじまじと、そこを見つめています。
私まで体が熱くなってしまいました。
伸び上がって、耳元になにか囁いています。
あの方はいやいやするように首を振りました。
なにを言われたのでしょう。
想像するともう身も世もなく身もだえしたくなります。
私がされているわけではないのに。
「あ」
喪助さんがそこに顔を埋めました。
あの方は目を閉じています。
すこしも拒まず、喪助さんに身を委ねきっているのがわかります。
喪助さんの髪に手を入れて、ときどき掻き回しています。
つま先がぴんと伸び、小刻みに震えています。
ひそやかな声が聞こえました。
「中まであったまってる」
なか、って。
「すごく具合がよさそうだ」
喪助さんはからかうような、でもやさしさを含んだ声で。
「ばかなことを」
あの方は怒ったようで、でも笑っています。
そのあとはどうしたのか、覚えていません。
あまりに長く湯船に浸かっていたのでふらふらになった私を、アンナ様が支えて部屋に連れていってくださいました。
4
アンナ様が敷いてくださったお布団に横たわりながら、
私の心は千々に乱れていました。
あの光景が、頭を離れません。
あの方は、すごく、気持ちよさそうに。
喪助さんの頭を挟み込んで大きくふるえて果てました。
私はどうしたのでしょうか。
体が熱いのはお風呂のせいでしょうか。
気がつくと、アンナ様が枕元でじっとのぞき込んでいました。
「たまお」
アンナ様はそっと、頬にふれます。
ひんやりとして気持ち良かったので、私はまた目を閉じました。
頬をなでていた手が、浴衣の合わせ目に這い込んできました。
「あ、なにを」
驚いて目を開けます。
アンナ様は笑っていました。
「まだちいさいくせに」
乳首をつままれます。
「あ」
ぴくり、と背中がふるえました。
「すごく固くなってる」
アンナ様は私の乳首をきつくひねりあげます。
「痛いです」
私は泣きそうになりました。
「やめてください」
「やめてほしいなら、言いなさい」
「な、なにを」
「あいつにして欲しいって。さっきみたいなこと」
思いもかけない言葉に、顔が熱くなりました。
「違います。そんな」
「うそおっしゃい。正直に言わないと」
乳首を挟む力がますますつよくなりました。
私は悲鳴を上げてしまいました。
「許してください」
そして、ついに恥ずかしいことを言ってしまいました。
「して欲しいです。だから」
「ふん。やっぱり」
アンナ様はようやく、離してくれました。
やっと息ができます。
「あんた、けっこうマセっ子ね」
私は両手で耳を覆いました。
「やめてください」
そんなことは、ほんとうに考えたことがありません。
「されたくてうずうずしてるんだ」
アンナ様の言葉は私の胸をえぐります。
涙もぽろぽろ出てきます。
「いいえ。そんなことされたら、死んでしまいます」
「うそつきにはお仕置きが必要ね」
アンナ様は時々、とても非情になります。
5
「そんな、いやです」
どんなに謝ってもアンナ様は許してはくださいませんでした。
アンナ様の命令で、薄い浴衣の下には、なにもつけていません。
透けて見えるかもしれません。
それにもし転んだりしたらたいへんです。
この先、ずっと笑いものになってしまいます。
私はこの格好のまま、宿を一周してくるように言われました。
ずるをしないようにアンナ様が後ろについています。
「10分以内に済ませるのよ」
間に合わなかったらもう一週だからね、と、アンナ様は念を押します。
私は泣きそうになりながら、長い廊下をできるだけ小股で急いで歩きました。
もう消灯時間をとっくに過ぎているので、幸い、誰にも会いませんでした。
「そっちよ」
アンナ様の指示するコースを進みます。
襖が開く音がしました。
と思ったら、何かが脚に絡まりました。
「きゃ」
派手に転んでしまいました。
とっさに手をついてなんとか顔だけは守りました。
私にしては上出来でした。
それにしてもひどい。
アンナ様が脚を引っかけたに違いありません。
「アンナ様、なにを」
文句を言おうと後ろを向くと
あの方がいらっしゃいました。
裾は思いきり広がっています。
そして、足は開いています。
後ろから見たら。
ぜんぶ、丸見えになってしまいます。
目の前が真っ暗になるかと思いました。
「見たんですか」
震えながら尋ねます。
あの方はそれはそれは困った顔をされました。
「いや、その」
とても言いにくそうです。
「君、パンツ履かないのか」
決定的な言葉でした。
「見たんですね」
私は泣いてしまいました。
「どうしてくれるのよ」
アンナ様は厳しい表情で詰め寄ります。
「うちのたまお、泣かした責任はとってくれるんでしょうね」
あの方は後ずさりました。
剣道三段のあの方でも、アンナ様の迫力には押され気味のようです。
「どうしろって言うんだ」
アンナ様は耳打ちしました。
あの方の顔が引きつります。
「お前、それは」
「嫁入り前の娘の大事なところを見たんだから当然でしょ」
私を無視して、勝手に話が進んでいます。
「わかったわね」
アンナ様はさっさと部屋を出ていってしまいました。
残されたのは泣いている私と、途方にくれた表情のあの方の二人だけ。
あの方はしばらく、なにか考えこんでいらっしゃいました。
そして、意を決したように私に近づいてきました。
「泣かないでくれよ」
あの方の手が、私の肩をつかみます。
頬に、やわらかいものが触れました。
「え」
驚いて目を開けました。
あの方の目が、間近で私を見つめています。
「たまお」
はじめて、名前を呼んでくださいました。
「はい」
顔が近づきすぎて、恥ずかしくなって目を閉じます。
また、そっと、唇が触れました。
両手で頬を包み込んで、
額に。まぶたに、鼻先に。
そしてようやく唇に。
体に電流が流れたような気がしました。
これがキス、なのでしょうか。
あの方は浴衣の上から胸をさすってくれています。
やさしく、壊れ物を扱うように。
まだまだ未発達な胸をさわられるのは恥ずかしい。
あの方が耳元に顔を寄せました。
「かわいいな」
その声を聞くと、涙がぽろり、と出てしまいました。
決していやだからでは、ありませんでした。
あの方の手が、着物の上からお尻を撫でています。
ほんとうに布一枚しか隔たれていない、私のお尻を。
そして前のほうにも。
一瞬、からだが硬直しました。
それでも思い直して力を抜きました。
「大丈夫か」
「はい」
だれにも触れられたことのないところに長い指が這い込んできます。
そこがじんじんと熱を持っていることに気がついていました。
多分、あのときからずっと。
指がなぞります。
それだけで背中がそってしまいます。
恥ずかしい。
ほんとうにいやらしい私。
あの方はすぐに私のいちばん敏感なところを探り当てました。
指の腹を当てて擦り上げます。
私も腰を動かして一時の快感に身をまかせました。
あのときのあなたのように。
余韻にふるえる私を、あなたはやさしく抱きしめてくれました。
「ごめんな」
私は首を振ります。
「恥ずかしかっただろ」
いいえ。
あなたに見られるのはすごくうれしかった。
「私がして欲しかったんです」
あなたは、気の毒そうに私を見ている。
大丈夫、あなたに迷惑をかけるようなことはけっしてありません。
「誰にも言いません」
私はこれからの生涯、あなたを大事に胸に抱えてすごします。
それにしても気になります。
「あの、アンナ様はなにを」
あの方はどうしても答えてはくださいませんでした。
「アンナに聞いてくれ」
アンナ様が教えてくれるでしょうか。
「あんたに抱かれたがってるから抱いてやれ」
アンナ様のお返事は実にあっさりとしていました。
「アンナ様…」
開いた口がふさがりません。
「違ったかしら」
違ってはいませんが。
「あんたじゃ一生言えないでしょ」
その通りです。
「感謝してくれていいわよ」
私は素直に応えました。
「感謝いたします」
ほんとうに、麻倉家に仕えることができて。
アンナお嬢様とお友達になれて私は幸せです。
おしまい
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