女の証明 「あんたさ、怒んなくていいわけ」 ため息混じりにピリカが言った。 「怒ってるさ」 阿弥はぶっきらぼうに答える。 「怒らずにいられるか。喪助のやつめ」 そう、阿弥は怒っていた。 喪助がいたずらなのは今始まったことではないが、今日のはひどすぎた。 「阿弥ちゃあん」 朝一番、生徒たちでごった返す校門の前。 突然の大声に、阿弥ばかりでなくほかの生徒たちも振り向いた。 喪助が息を切らせて駆け寄ってくる。 うれしそうに顔がほころんでいる。 まずい。阿弥は身構える。 予感は的中した。 「今日は何色」 そう言って、喪助はいきなりスカートをめくった。 その場にいた生徒ほとんど全員が見た。 阿弥のたれぱんだプリントのパンツを。 あいさつ運動をしている先生まで見た。 ことに長髪でハンサムなシルバ先生の顔と言ったら。 シルバの真っ赤な顔を思い出すたびに阿弥はなにかを蹴り上げたい気分になる。 絶対許せない。 放っておくと喪助はすこしも反省しないだろう。 「だったらなんとか言ってやりなさいよ」 「言ってもきかないし」 力ない返事にピリカの眉が上がる。 「懲らしめてやるべきよ。あいつ、調子に乗りすぎ」 それは阿弥も望むところである。 しかし、どうやって。 考え込む阿弥にピリカが知恵を貸してくれた。 「どんなにいやか思い知らせてやるの」 同じことをしてやれと言う。しかもカメラに収めろと。 「もし平気な顔したら、投稿雑誌に送ってやったらいい」 そこまでする気はなかったが、悪くないアイディアだ。 阿弥は決意した。 (喪助、覚悟しろ) 昼休み。 終業のチャイムが鳴ると同時に阿弥は教室を飛び出した。 壁際に貼りつき、息を殺す。 ドアはまたすぐに開かれ、明るい話し声とともに少女たちがぞくぞくと出てきた。 いた。 目を凝らすまでもなかった。 その背の高さと堂々とした歩き方は見間違えようがない。 (ターゲット発見) 阿弥はポケットの中のインスタントカメラに触れてみる。使い方はピリカに教わった。 大丈夫だ。 忍び足で近づく。背後を取る。 喪助は気づいていない。 (いざ) 細心の注意を払って短いスカートの裾をつまむ。捲り上げる。 はらり。 紺色のスカートが傘のように膨らんだ。ちょっとだけ中身も見えた気がした。 いまだ。 阿弥は夢中でシャッターを切った。 「なんだ」 喪助が振り向いた。 「お、お前」 一目見て状況を悟ったらしい。見る見る顔がこわばっていく。 「なにすんだ」 「お前がいつもやってることじゃないか」 気のせいか、周囲がすこし静かになった。いくつかの視線も感じる。 「ばか」 喪助は阿弥の手からカメラをもぎとろうとするが、力ではかなわない。 軽くあしらわれ、うらめしそうに阿弥をにらむ。 「返せ」 「いやだ」 「返せ」 「いやだ。ひわいな雑誌に送ってやる。あんた見せたがりだからうれしいだろ」 「ばかっ」 阿弥は息をのんだ。 あの厚顔の喪助が真っ赤になっている。 あまつさえ目に涙さえ浮かべている。 「そんなの公表したら死ぬぞ」 声が震えている。 両の目にたまった水滴がこぼれおちそうに膨らむ。 ここまでいやがるとは思わっていなかった。 そんなにひとに見せるはいやなのだろうか。確かに男嫌いだけど。 「お前、そんな大袈裟な」 「大袈裟じゃない」 どうやらやりすぎたようだ。 「これからはしないか」 念のため確認すると、喪助はおおきくうなづいた。 許してやることにしよう。 阿弥はいさぎよくフィルムを渡した。 「もう、あまいんだから」 ピリカが怒っても、阿弥の頬は緩みっぱなしだ。 喪助のあんな顔が見られたのだ。 何事にも同じないあいつの意外な一面。 (あいつも女なんだな) そう思うと心があたたかくなってくる。アタリマエのことなのに。 (なんも知らんと) ピリカはため息をつく。 阿弥は知らない。あのあと、喪助がピリカに打ち明けたことを。 「なんたる不覚」 うめきながら髪をかきむしる。 「よりにもよって小学生パンツ撮られるなんて。許せん。あたしのイメージが壊れる」 「あんた」 「もっかい撮りなおしてくれ。ばっちり勝負パンツ履いてくっから」 「あんたねえ」 ピリカは肩を落とす。 「あいつ、けっこうかわいいかもな」 なにも知らず、惚れなおしている阿弥。 けっこう幸せ者かもしれないと、ピリカは思った。 おしまい。 |