独占欲




1
できれば綺麗な面だけを見せていたかった。
あいつにいやな思いはすこしでもさせたくないから。
ほんとうに好きだから、大事にしてやりたいと心から思うから。

ここ数年で、すこしは暮らしは楽になった。
ようやくオレの刀が認められるようになったのだ。
すこし遠出して町へ売りにいくこともある。
当然付き合いも増える。
だから、いつかこうなるとは思っていた。

「喪助」

気がつくと、あいつがすごい目で睨みつけていた。

前の晩、はじめてお得意先で酒をご馳走になった。
その家の奥さんが酌をしてくれて。
これが、まだ若くて綺麗な人で。
オレも楽しくて、話しが弾んだ。
だからつい度を越してしまったらしい。
酒なんかほとんど呑んだことがなかったのに。
オレがなかなか帰ってこないので、あいつは迎えにきてくれた。
それは良かったのだが。
あいつが入ってきたとき、俺は奥さんの膝の上にいた。
酔いつぶれたヤツなんかほっといてくれればよかったのに。
いや、オレも確かにうれしかったし、
ひょっとしたら自分から擦り寄っていったのかもしれないけども。
あいつは刀を抜いた。
あのときほど心底恐ろしかったことはない。
家の人たちは悲鳴を上げるし、奥さんは硬直してしまうし。
おとくいさんをなくすどころか下手すればこの町に出入りできなくなるところだった。
必死で説明して、事無きを得たが。
あいつはそういうやつだ。
斬るといったら必ず斬る。

ぜったい許してはくれないだろうから、浮気はしない。
オレは始めからそのつもりだ。あいつとこうなった以上は。
でも、あいつは違ったらしい。

2
最近よく出歩くようになったな、と思っていたら。
どうやら、女と会っていたらしい。
気がついたのはついきのうのことだ。
そういうのはなんとなくわかるものだが、こいつに関しては考えたこともなかったから。
オレもうっかりしていた。
女の名は潮、という。
問い詰めたらあいつはあっさり白状した。
潮はお城に勤めているらしい。
なにをしているかは知らないが、たとえ下働きでもたいしたものだ。
お城はオレたちのあこがれだから。
「どうやって知り合った」
「しつこく言い寄っていた男を追い払ったら、彼女のほうから声をかけてきた」
とてもこいつらしい。
考えてみると、こいつは見かけがいいし、
相手が女だからって態度を変えるようなこともないし。
女にきらわれる要素はない。
いや、どちらかといえば好かれるのではないだろうか。
なにもなかったほうがおかしいとまで思えてくる。
黙りこくったオレに、あいつはちょっと表情を曇らせた。
顔を覗きこんでくる。
「気になるか」
なにぶんこの間のことがあったから。
つい、心にもないことを言ってしまった。
「お前の好きにすればいいだろ」
これがいけなかった。
あいつの目が冷たくなった。
「そうか」
まずい、と思った。
「なら、好きにする」

その日からオレたちのすれ違いがが始まった。

阿弥陀丸は四六時中むっつりしている。
おもしろくなかったので、オレから話しかける気にもならなかった。

3
その日、買い物をしていると阿弥陀丸を見かけた。
あいつの髪の色は見間違えようがない。
そして隣にいるのは。
薄桃色の小袖を着た女だ。
一目でぴんときた。
こいつが、潮だ。
派手な着物とほっそりした体つきで、遠目にもかなりの美人だとわかる。
ふたりはなにやら親しげに話をしている。
はっきりとわかった。
自分のいるべき場所に、ほかのやつがいる。
それだけで腹が立つものなのだ。
阿弥陀丸がいつになく着物の襟をちゃんと合わせているのも気に入らない。
あの女がそうさせたに違いない。
ことによると、潮が掻き合わせたのかもしれない。
そのまま、細い手は中に入っていったのかもしれない。
オレが良く知っている感触を、あの女も味わったのかもしれない。
むかむかしてきたので声もかけずにひとりで先に帰った。

阿弥陀丸はその日、遅くに帰ってきた。
ほんのり頬が染まっているところを見ると、酒が入っているらしい。
金もないくせにどこで飲んだんだ。
「女のところに行ってたのか」
オレは絡んだ。
「お前には関係ない」
やつはそっぽを向く。
勢いに任せて、つい下品なことを言ってしまった。
「もうやったのか」
まずい。
やつはたちまちまなじりを吊り上げた。
「お前に人のことが言えるのか」
これにはオレも頭にきた。
オレはお前に遠慮して、女友達さえ作らなかったのに。
お前は全然遠慮しないであんな蓮っ葉そうな女に引っ掛かりやがって。
おもしろいはずがない。
多いに気に入らない。
自然に声が高くなる。
「オレはここ何年もしてないぞ」
だれのためだと思ってるんだ。
お前のためじゃないか。
なのに、やつはぶすくれたままだ。
「でも前はやってただろ」
「当たり前だ」
「その当たり前のことを、オレにはするなってのか」
「昔のことは関係ないだろ」
「勝手なことを言うな」
さんざん罵り合い、阿弥陀丸はまた出て行ってしまった。

すぐに後悔した。
自分で状況を悪いほうへ悪いほうへもっていっているのがわかる。
ずいぶん大人気ないことをしてしまった。
確かにオレに文句を言う筋合いはない。

阿弥陀丸は戻ってこなかった。
オレは一番中寝付けなかった。
明日はあやまろう、と決心していた。
しかし、朝になってもあいつは帰らなかった。

その日は鍛冶屋に刀を納めに行った。
帰りに潮に会った。
町といっても店が数件しかない、申し訳程度のものだから、
やはり、買い物でもしていたのか、大きな包みを持っている。
はじめて近くで見た潮は、やはり美人だった。
猫のような釣りあがった大きな目をしている。
でも、見かけよりは年を取っているなと感じた。
潮はオレを知っているらしい。
オレと目が合うと、挑戦的に睨み返して来た。
あいつにちょっかいをかけるだけあって、なかなか気が強いらしい。
オレも睨み返したが、
なんだかなさけなくなってオレから目をそらした。
ひょっとして、負けた、のかもしれない。

もう半月、やつとはまともに口をきいていない。
今となっては切り出す言葉も見つからない。



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