花園

1
夏の風が気持ちいい。
昼休みである。

こんな晴れた日には生徒たちは思い思いの場所で食事をとる。
ここ、私立シャーマン女学院はミッションスクールである。
生徒たちの笑い声もどことなく上品だ。

青々とした芝生の上では制服姿の少女たち。
少女たちの膝にはいろとりどりのハンカチが広げられている。
みな同じ制服だが、中にひときわ目立つ少女がいた。
高等部二年生の喪助である。
モデル並みのプロポーションは地味な制服を高級スーツに見せる。
彼女は配下を従える女王様のように下級生を侍らせている。
今も、少女たちが争って彼女の隣に座りたがり、自作の弁当を差し出している。

「お姉さま」

時代錯誤もはなはだしいが、喪助は下級生たちにそう呼ばれている。
喪助のクラスメイトたちは「鳥肌が立つ」などという。
だが、喪助はきらいではない。喪助はひとより目立つことがすきだった。

「お姉さまはもうじきお誕生日ですよね」
いつも喪助の横に陣取る、とくにかわいい少女が言った。

喪助は誕生日やバレンタインには両手に抱えきれないほどのプレゼントをもらう。
喪助はまめなので、もらったらちゃんとお礼をする。
だから特別下級生に人気があるのだ。

「なにかほしいものはありますか」
自分をほしがってくれと、目が言っている。
つきあいのいい喪助は、いつもならリップサービスでそう言ってやる。
でも、今年は違う。
「君がくれるものならなんでもいいよ」
さらりと返すと、少女は露骨に残念そうな顔をした。
喪助はにやりとする。

悪いな。
今年だけは、どんなにかわいい子だって、そう言ってやる気はないんだ。
今年の本命はたったひとりなのだから。

「じゃあ、あとで欲しいものを仰ってくださいね」
「ああ、考えとくよ」

やがてチャイムが鳴る。
楽しい時間は終わる。少女たちは腰を上げる。
喪助もその取り巻きの少女たちも
まだ新しい白亜の校舎に向かって足早に歩き出した。


2
抜けるような青い空。
日差しは開け放した窓からさんさんと差し込んでいる。
今日は絶好のプール日和だった。
喪助の所属する組でも、午後の時間をまるまる使って水泳の授業がある。

もうじき夏休みが始まる。
少女たちはそれぞれの休みの準備に忙しい。
あわただしいながらも、楽しい空気が漂っていた。

「その前にテストあるでしょ、テスト」
心底いやそうに、ピリカは言った。

長い髪にいつも特徴のあるカチューシャをしたピリカは、アイヌ育ち。
その飾らない人柄が喪助の気に入っている。
ときどきうるさいが。

「そりゃ、学生の義務だからな」
水温装置を確認しながら、喪助は応える。
クラス委員の喪助とピリカ授業の前にこうして点検をするのだ。

「あんたはいいよ。できるもん」
背後にピリカの恨めしげな視線を感じる。
「それほどでもないけどな」
「いやみねえ。5番から落ちたことないくせに」

クラスでではなく学年で、である。
クールなルックスと、明晰な頭脳。
天は喪助に二物を与えた。
遠慮しないで三物でも四物でも与えてくれて構わないと喪助は思う。

そう、いま一番欲しいものは。

喪助はぐるりとプールサイドを見まわした。
もうクラスのほとんどの生徒が揃っている。
だが、目当ての少女はいない。

「阿弥はどこ」
「着替えてんじゃない」
そういうといかにもうれしそうに崩れる喪助の顔をみて、ピリカはため息をつく。
「あんた、ほんと阿弥好きねえ」
「そうだよ。あいつ、かわいいじゃん」
「うん、そりゃ、かわいいけどさ」
歯切れが悪い。
喪助はにやりとした。
耳元に顔を寄せて、ささやく。
「お前もかわいいぞ」
ピリカの頬が真っ赤になった。
「ああ、もう、あんた最低」
手を振り上げてたたくまねをする。
「そうやって下級生をたらしこんでるのね」
怒ったふりをしているが悪い気はしていないようだ。
「あんた、男でなくて良かったよ」

まったく、自分でもそう思う。
男だったら存在自体が犯罪だ。


喪助が阿弥に出会ったのは高等部に上がった年である。
持ちあがりの多いこの学校で他校生は目立つ。
阿弥はすぐに喪助と下級生の人気を二分する存在となった。

一年生にして剣道部の主将の座を射止めた実力。
長い手足。白い肌。きりりと引き締まった美貌。
長い髪を無造作にくくっている姿はマンガにでてくる若侍のようで、
いわゆるカッコイイ系のお姉さまと人気なのだ。

しかし。
喪助はひとりほくそえむ。
その認識は、断然甘い。
かっこいいのはちょっと見だけだ。
白い頬は近くで見るとぽちゃぽちゃとやわらかそうで、
触ってみたくなること請け合い。
余計な肉のついていないからだつきは抱きしめて感触を確かめたくなる。
大きな目は涙をためるとどんなに魅惑的になるかと思うし、
桜色の唇はキスされるためにあるとしか思えない。
ほかにもいろいろあるけれど、教えてやらない。
口にしたらそれだけで逮捕されそうだ。



喪助はつるつるに磨かれた長い廊下を早足で歩く。
通りすぎる生徒たちがみな彼女を振り返る。
2年1組の教室の前で足を止めた。
「入るぞ」
一声かけてから、ドアを開ける。

思ったとおり阿弥がいた。
しかも、ひとりで着替えをしている。

なんというグッドタイミング。喪助の顔が緩む。

阿弥は制服のリボンを外したところだった。
つまり、まだ始めの段階である。
これから、いちまい、いちまい、たまねぎの皮をむくように脱いでいくのだ。

「喪助」
阿弥が振り向いた。
「お前、その格好できたのか」

喪助は水着姿のままだった。

「そうだよ」
「恥知らずめ」
じろり、と喪助の胸のあたりを見る。
喪助は豊かな胸を張ってみせる。
「目の保養をさせてやってんだよ」

廊下を渡りながら、通り過ぎる生徒たちの視線が自分に集中しているのを喪助は誇らしく感じていた。
もちろん学校指定のスクール水着ではあるが、喪助が着ると様になると良く言われる。

172センチの長身に、出るべきところは出て引っ込むべきところは引っ込んだ
ナイスバディ。
ピリカなどは、そのキャラクターでそのからだは反則とくやしそうによく言う。

「なら、いっそ裸で歩け」
だが、阿弥は冷たい。
喪助は全然気にしないで開いたバッグを覗いた。
「お、かわいいじゃん」
手を入れてちいさな布をつまみ出す。
「これ、替えのパンツかあ」
阿弥の手が伸びてひったくった。
「勝手に見るな」

ピンクと白のチエック柄。
純白のリボンがアクセントについていることまで既にチェック済みの喪助であった。

喪助はふざけた口調で続ける。
「阿弥ちゃんなら中身もかわいいだろうけどな」
「ば、ばかやろう」
阿弥はみるみる真っ赤になった。

この素直な反応。
これが喪助しか知らない阿弥のチャームポイントだ。

「そんなもん、みんな同じだろ」
「お前のはかわいい」
阿弥は整った顔をしかめた。
「お前って、ほんっとに変なやつだ」

こんなやりとりはいつものこと。
きっと、阿弥は喪助をお調子者だと思っている。

喪助はぬけぬけと言う。
「早く着替えろよ」
「そう言うなら、あっち向いてろ」
喪助は腕さえ組んで遠慮なく眺めている。
阿弥が決まり悪そうにするのも当然だ。
「いいじゃん。減るもんでなし」
阿弥はひと睨みして喪助に背を向けた。もう無視することに決めたらしい。

上着を脱ぐ。
制服の下はタンクトップ一枚だ。
喪助は忍び足で近寄った。
「まあた、ブラジャーしてない」
うしろから、阿弥のささやかな胸をつかむ。
「なにしやがる」
即座に飛んでくるこぶしをかわす。喪助は慣れたものだ。
くいくいと、やわらかな肉を手の中で揉む。
「だめだよ。こんなかわいいモンほったらかしちゃ」
阿弥は身をひねった。
手の中ではちいさな膨らみが少し緊張している。
先端に指を当てて、押しつぶす。
「あッ」
かわいい声。背筋にぞくぞくくる。
「やめろ」
喪助にもちろん離す気はない。
親指と人差し指でつまみ、きつくひねってしごき上げる。
「やめろ、ばか」
いやいやするように首が振られる。
期待以上の反応に喪助はいよいよ調子にのる。
今までは遠慮していたスカートの中に手を忍ばせる。
太ももをさすると、びくりと肩がはねた。
大胆な気分に拍車がかかる。
てのひらで下着の上からあたたかな丸みをさすった。

「やっ」
細い肩が硬直した。
布地の皺に沿って、指を這わせる。
指に、熱がじわじわと伝わる。
布の中が次第に火照っていくのがわかる。
阿弥は口もきけない様子だった。
それをいいことに、喪助は布いちまい隔ててそこを存分に愛撫する。
むごいくらいに力を込めて。

阿弥の横顔が紅潮している。
長いまつげがふるふると震えている。
かわいい。なんともかわいい。

ぼうっとしてきた喪助の頭を、突然、大きな声が横切った。
「まだなの」
声とともにドアが勢い良く開く。
飛び込んできたのは水着にジャージを引っ掛けた格好のピリカだった。

喪助はとっさに阿弥のスカートの中から手を出した。
しかし、ピリカの良く動く目からは逃れられなかった。
あいらしい口が大きく開く。
喪助は身をすくめる。
「もう、なにしてんのよ、あんたたち」
予想通り、ものすごい叫び声が響き渡った。

「授業始まるよ」
ピリカは真っ赤になりながらも、副委員としての義務を果たした。
「へいへい、今行きますよ」
喪助は調子よく返事をする。
ピリカなら騒ぎはしても、言いふらしたりはしないから安心だ。
噂になったら自分はかまわないが、阿弥がかわいそうだ。
それでなくとも喪助の阿弥への執着は公然の秘密なのだ。
知らないのは当の本人、阿弥だけである。

入り口で声をかけてみる。
「阿弥、先行ってるぞ」
阿弥は黙ってうつむいたままだ。
少し気になったが、ピリカに急き立てられて教室を後にした。


午後の授業が始まった。
派手な音とともにあちこちで水飛沫が上がる。
阿弥の姿はない。
ほかのどの少女の水着姿よりも阿弥のを楽しみにしていた喪助は残念でたまらない。
しかし、元凶は自分なのだ。
さすがに気がとがめる。

少々悪戯が過ぎたらしい。
今ごろ、恥じて泣いているのかもしれない。
そう思うと良心が痛んだ。
探して謝ろう。そしてなんかおごってやろう。
あいつの好きなケーキでも、サーティワンのアイスでも、なんでも好きなものを食わせてやろう。


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