花園4

1
その日は失敗した。
営みを見られてしまった。


例によって修身の時間、保健室のベッドの上で二人は絡みあっていた。
「ふん」

固まっている二人を冷たい目で睨みつけているのは道蓮。
お嬢様系の生徒の多いこの学園でも一二を争う名門の子女であり、
成績優秀な生徒会長である。

「今は授業中だぞ、喪助」
いつもながら蓮の口調は尊大だ。
「お前だってサボって来たんだろ。会長のくせに」
喪助はもう平然として阿弥のブラウスのボタンをはめている。
「オレは、あのような授業は好かん」
「ならお互い様だ」
「そのザマで、そんな台詞を吐くとはいい度胸だ」
「やっぱりだめかな」
「良いと思うのか。生殖を伴わない性交渉など汚らわしい」
吐き捨てるように言う。
「貴様らのは駆除するまでもないがな」
「なんでそう思うんだ」
「女同士は肉体と感情が似通っているから、すぐに飽きる。
今は珍しいだけだろう」
「どういう意味だよ。似てたらいけないのか」
阿弥は口を挟まないではいられなかった。
連はよどみなく応える。
「自分と同じものに、いつまでも興味が続くと思うか。
男なら、あのいかがわしい肉欲というやつで繋がれるのかもしれんがな」

本人を目の前にして、よくもここまで言えるものだ。
この傲慢不遜なところが、蓮の特徴だ。
歯に衣着せないどころではい。わざわざ挑発するようなことを言う。

「学校ではやめておけ。次は見逃さん」
そう言い残すと、蓮はその場を立ち去った。


「何しに来たんだろうな、あいつ」
喪助はけろりとしているが、阿弥はふてくされている。
「いいのかよ。あんなこと言われて」
「あれくらい、これからいくらでも言われるぞ。蓮のは悪気がないだけましだ」
「悪気がないのか」

悪気ってなんなのだろう。
阿弥はやっぱりおもしろくなかった。


2
秋も深くなってきた。
もうじき文化祭が始まる。
どのクラスも催し物を用意しなければならない。
忙しい日々が続いていた。

喪助たちのクラスでは模擬店を開くことになった。
火を使わずにすむという理由で甘味屋に決定する。
生徒たちは調理する側と接客する側に二分される。
喪助は本人の希望で、阿弥は推薦で接客側に割り当てられた。
接客用の服は蓮が提供してくれるらしい。


文化祭が目前に迫ったある日の放課後。
阿弥と喪助とピリカが三人で計画を練っていたところに蓮がやってきた。
ちいさなからだで大きなスーツケースを抱えている。
「ほら」
無造作に突き出す。
「すまねえな」
喪助が受け取った。

ピリカがさっそく開けてみた。
「うわあ、すごい」
スーツケースの中身は色とりどりのチャイナ服だった。
お祭りのときなんかに着る、ぺらぺらした安物ではない。本物のシルク製だ。
「さすがリッチねえ」
ピリカはうっとり見つめている。
「オレこれ。あんたもこれがいいよ」
阿弥にまで押しつける。
喪助はその光景をほほえましく見守っていた。

「喪助」
呼ばれて振り向くと、連が手招いている。
「ちょっと来い」
喪助はおとなしく言うことを聞いた。
「手、出せ」
てのひらを出すと、布に包まれた物体を渡される。
「なにこれ」
「くれてやる」
許可を取って開けてみる。
「これ、もしかして」
「心配するな。封を切ってなかったから未使用だ」
蓮はいつもの何を考えているのかわからない顔で言った。
「服を探していたら見つけた。
すぐ捨てようかと思ったがお前らなら使うかも知れんからな」
「どういう意味だよ」
喪助は露骨にいやな顔をして見せる。
「要らないなら捨てるぞ」
「いや、もらう」

さて、喪助がもらったものはなんでしょう。


「一度着てみたかったのよ」
ピリカはもう袖を通している。
「似合うかな」
「すごく可愛いぞ」
喪助は手放しで誉める。

真っ赤なミニのチャイナはピリカによく似合う。
でも、阿弥は少しおもしろくない。
自分だって同じ服を着ているのに、喪助はなんにも言ってくれない。

「やっぱ、いいよな、チャイナ」
「お前は好きだろうな。体のラインがはっきり見えるから」
すこしひねた口調で言ってやる。
「お、どういう意味だよ」
「べつに」
顔をそらして窓の外に視線を向ける。


校庭ではやはり体操服姿の生徒たちが忙しく働いている。
その中に、ひとりだけ目立つ人がいた。
黒のチャイナドレスに身を包んだ二十歳くらいの女性である。
遠目にも惚れ惚れするほど見事な細腰。
スリットから覗く白い脚。


「蓮の姉さんじゃないか」
いつのまにか喪助が一緒に見ていた。
「さっきの、運んでくたれんだな」
「知ってんのか」
「運動会とか、なんかあるたびに来てるぜ。あんな目立つのに見たことないのか」
きっと、普通の格好だったらおぼえていない筈だ。
ますますおもしろくない。


「ところで、喪助、さっきなにもらったの」
ピリカが喪助の手元を凝視している。
喪助は布を開いて見せた。
「げっ」
ピリカが身を引いた。
「これって、あれ」
「あれだろ、やっぱり」
「なんで道のやつが持ってんのよ。と、いうか、なんであんたにやるの」
「あいつんち、何百年も続く名門だからな。いろんな趣味の人がいたんだろ」
「使用済みじゃないでしょうね」
「だったら、いくらあいつでも人にやらねえだろ」
「わかんないよ、そんなの」
口ではいやがっているようだが、目は興味津々といった様子で
しげしげと見つめている。
「阿弥、ちょっと来てごらんよ」
阿弥も好奇心に駆られて覗いてみた。


三人でまじまじと見つめる。
全体的にムーミン谷のニョロニョロを思わせる。
ただ、先端部分が妙なかたちだ。
「こんななのか」
なにが、とは誰も聞かない。
「違うと思うよ」
ピリカが応えた。
「本で見たもん」
「そんなん、載ってないだろ」
「外国のには載ってるよ。見たもんね、喪助」
「まあな」
「お前ら、ろくなもん読んでないな」
「で、あんた、使う気」
「使わない」
喪助はきっぱりと言いきった。
「そんなもん入れられるか。阿弥ちゃんのかわいいお○○こに」

その単語が耳に入った途端、阿弥はパンチを飛ばしていた。
「おっと」
喪助は優雅に身を翻した。
だんだん反応が早くなっているのがくやしい。

「お前も女なら、そういう単語は口にするな」
「べつにいいじゃん。誰でもついてんだし」
「もっとましな呼び方をしろ」
「ハニーポットとか、ルビーフルーツとかがいいか」
「そんなご大層なもんじゃない」
「あんたたち、そういう会話は二人きりのときにしてくれる」
ピリカはもう慣れっこになってる。

「オレ、もう帰るから。あとはごゆっくり」
そう言って、さっさと鞄をとって教室を出た。


ピリカが行ってしまうと、喪助は緩んだ顔を阿弥に向けた。
「お前はこの黄金のフィンガーテクで十分だよな」
「勝手に言ってろ」
「あ、でも、阿弥ちゃんが望むのなら使ってもいいかな」
「誰が望むか」
阿弥も喪助に背を向けてチャイナ服のボタンに手をかけた。

そのとき、思いもかけない言葉を聞いた。
「その服、すげえ似合ってる」
驚いて振り向く。
「阿弥ちゃんが可愛いのは当たり前だろ」
喪助はにやにやしている。
「蓮の姉さんにだって負けてないぜ」
「うそつけ。あんなに胸ないし」
「お前はないほうが可愛い」

いつもうまく丸め込まれてしまう。
もうすっかり機嫌が良くなっていた。

「今日、部活終わったら来いよ」
阿弥はこくりとうなづいた。



蓮の言葉が頭から離れない。

いつか飽きられてしまうのだろうか。
知り尽くしてしまえばもう目新しいことはないだろう。
ならば。
からだがふたつになれば知り尽くすまでの時間も二倍になるはずだ。

それでなくてもつねづね思っていた。
喪助だって偉そうだがまだ十七歳なのだ。
もちろんバージンだし。
いや、それは疑っていない。こいつは男嫌いだ。
つまり、自分と同じということ。
ならば、喪助にばかり主導権を握られる筋合いはない。


その日、バスルームで阿弥は切り出した。
「今日はオレがやりたい」
「え」
喪助はぽかんと口を開けている。
「それともお前、自分がされていやなことをオレにしてたわけ」
「いや、そんなことはない。もちろんしていいぞ」
喪助は負けず嫌いだ。当然そう言うと思っていた。
「じゃ、今日はオレが洗ってやる」
泡立てたタオルを握る。
阿弥は背中を洗う気はなかった。
「こっち向けよ」
いきなり前を向かせる。
喪助はなんとも神妙な顔で言われた通りにした。
胸中はいろいろ渦巻いているのだろうが、気丈にもどこも隠さず立っている。
「ほんと、綺麗だな」
胸をつかんで軽く揉む。
ふにふにしていて気持ちいい。
喪助は顔をそむけた。照れているらしい。

「じゃ、洗ってやる」
まずは胸から。丸くなぞる。
大きな胸が揺れるのを楽しんでからお腹へ。そして腰へと手を滑らせる。
阿弥はタオルを置いた。
手で石鹸を泡立てる。
「おい」
「ここはやさしくしないとな」
いやがるのを無視して脚の間に手を伸ばした。

「脚、開けよ」
「いやだ」
「せっかく洗ってやってるのに」

きつく閉じた太ももの間の端正な切れ込みに触れる。
軽く撫で、奥にもぐりこませようとしたが、うまくいかない。
結局、二人で洗いっこするだけで終わってしまった。


二人でバスルームから出る。
喪助は髪を拭きながら言った。
「ちょっと待ってろ。お茶煎れるから」
喪助が給湯室に行っている間、阿弥は本棚を眺めていた。

スライド式の大きな本棚は持ち主のイメージにぴったり合っていると思う。
中身も、喪助とリゼルグが読みそうな難しい本ばかりだ。
カバーのかかった厚い本を手にとって開いてみる。
「日本人のための宗教原論」。
タイトルを見ただけで頭が痛くなってきた。

どうせ、あいつとは頭の出来が違うから。

しかめ面で本を元に戻そうとして、阿弥は気づいた。

厚い本の間に、もう一冊薄い本が挟んである。

それを抜き取り、ぱらぱらとめくってみて、にやりとする。

やっぱりな。
喪助のやつめ。
すばやく、その本をカバンにしまい込んだ。
そして、ポットをもって帰って来た喪助を何食わぬ顔で迎えた。
「遅かったな」


その晩、家に帰ると阿弥はいつもより早い時間に床についた。
ベッドの上で喪助の部屋からこっそり拝借してきた本を開く。
「喪助のやつめ」
笑いがこみ上げてくる。

やっぱり、喪助だってまだ十七歳なのだ。

一度、自分で何人目かと聞いた事がある。
「エッチもキスもお前が初めてだよ」
意外な答えだった。
「うそつけ」
「お前、オレをなんだと思ってるんだ」
どうやら本当らしい。
じゃあどうしてこんなに上手いんだろうと思った。
学習してたんだな、あいつ。

じっくり読んでみる。
なかなかためになりそうだ。

本がなくなっていることを知ったら、喪助はどうするだろう。
いつものように開き直るだろうか。
少しは慌てているところが見てみたいんだけど。



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